月狼

(リル、どうする?)

(悪いが、これは我が招いた不幸のようだ。付き合ってくれ)

(了解)


 月狼が擬態した少女が手招きをしてくる。それに従い、俺、リル、かなは開けた場所に行く。すぐに戦う意思はないらしい。


(そう固くなるでないかの。妾はただ、少しばかり手合わせがしたいだけかの。何も殺し合いをしようというわけではない安心するかの)


 俺たちの目の前に立つ少女は、にやりと笑った。


―――――ナイトメア

 

 少女が魔法を使うと同時、暗転する。空を見上げると、今まで太陽があった場所に、月が浮かんでいた。おいおい、マジかよ。時間を操る魔法っていうのは、最高難易度だってしんさんに聞いていたんだが?


――――解析鑑定


種族:魔獣・月狼

名前:ルナ

レベル:83

生命力:17917/17917(+10000) 攻撃力:9287 防御力:10092 魔力19028/19028(+10000)

状態:月読命

スキル:銀月、魔力感知Ⅹ、気配察知、解析鑑定、魔牙Ⅹ、魔爪Ⅹ、魔術・精神Ⅹ、魔術・月光、思考加速Ⅹ、自然治癒Ⅹ、魔力自動回復Ⅹ、物理攻撃耐性Ⅷ、精神攻撃無効、状態異常無効、即死無効、擬態

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:殺戮者、月光の姫


 正直、目をそらしたくなった。ステータスの平均値が10000を超えている。


固有権能:月光月光の下にいるとき、状態:月読命になる。生命力が半分を下回った時、激昂発動

《月読命:生命力と魔力が大幅に上昇》

《月光の姫:月狼に与えられる。権能:夜の時間を延ばすことができる》


 その名をルナ。日本で言うと月の神を意味する名を持つその月狼は、月に愛された生き物。魔術・月光『ナイトメア』。それは時を操り、月を昇らせる、悪夢の始まりを告げる、最恐の魔法。その月のもとで輝く少女は、強く美しい。月に愛され月を愛する少女は、月のもとでこそ真の力を発揮する。


 月読命。それは天照大神と並ぶ強大な神。その力は伊達ではない。月光に照らされているとき、生命力と魔力が10000上昇する。

 ステータスは圧倒的、スキルは強力。そして魔術・月光。それは全属性の頂点に名を連ねる属性の一つ。神聖を帯びていて、そこらの魔法とは根本から違う。レベルが存在しないのは、それだけで最強だから。


 何度でも実感する。俺は今、の目の前に立っている。


 自分の口元が、笑みを浮かべているのに気付く。俺もまた、戦闘狂なのかもしれない。そう考えながら、強敵相手にやる気が抑えられいない様子で笑っているかなに話しかける。


(死なない程度に、全力を出してくれ)

(わかった)


 待て、から解除された子犬のように、いや、この場合は虎か? かなは勢いよく駆けだす。地面を蹴り、宙を蹴り、そして木々の間を飛び交いながらルナに接近する。

 勢いよく接近し、その真正面に達したところで、高速飛翔で右に飛び、木を使って三角飛び。ルナの死角から魔爪による攻撃を放つ。しかしルナはそれを掃いている下駄で受ける。その下駄は、かなの攻撃をまともに受けても無傷だった。

 そしてその足を曲げ、再び伸ばすことでかなを押しのける。かなはそのまま数十メートル吹っ飛び、木の側面に足をつける。


 嘘だろ!? と叫びそうになったが、その原因が分かった。あの下駄は、ルナそのものなのだ。ルナの服やその他身に着けているものは全てルナが擬態したもの。つまり、装備品すらあの圧倒的なステータスや物理攻撃耐性が適応されるということだ。

 それに、もしかすると――


 俺は思い至ったことを確かめるために、魔法を放つ。


―――――――――アイシクル・アロー


 三つの氷の矢が俺の目の前に漂い、俺の腕が振られるのに合わせて直進する。そのままルナの元まで向かい、かなの攻撃を押しのけた後で体制の崩れたその体に触れた。その瞬間、氷の矢が青い光に代わり、やがて魔法が再構築される。銀月だ。それも、当たったのは和服の袖の一部だ。


 あんなところですら、銀月の判定がある? ずるなんじゃないか? そうは思うが、仕方ない。公式チートだと納得することにする。


 再構築された氷の矢が俺に向かって飛んでくる。


(リル)

(わかっている)


 俺の目の前で、氷の矢が溶けて水に変わる。そしてその場で宙に漂う。大きな水滴が浮いている。それを見たルナは不思議そうな顔を浮かべる。まあ、今のを見れば誰だって驚く。

 俺はこの世界のことをリルから聞いたとき、同時にリルの新たな権能についての説明も受けていたので知っている。リルもまた、権能を試す良い機会だと思っているだろう。


固有権能:司水者魔力を水に変換することができる


 リルの固有権能、司水者。魔力を水に変換する力。水属性の魔法と同じでは? と俺も思ったが、違うらしい。魔術・水の魔法はあくまで魔力に水と同じ性質を持たせているだけ。

 だが、この固有権能では分子レベルで完全一致する水に変換しているようだ。もちろん、魔法に使われている魔力だって変換できる。そして、それを自在に操れる。


種族:魔獣・影狼

名前:リル

レベル:20

生命力:3019/3109 攻撃力:9398 防御力:4901 魔力:10098/10098

状態:憑依・フェンリル、制約・服従

スキル:魔術・空間Ⅷ、魔術・精神Ⅶ、魔牙Ⅹ、魔爪Ⅹ、眷属支配、眷属召喚、自然治癒Ⅳ、魔力感知、気配察知、陽炎、影分身、影武者、闇世界門、影潜伏、影縛

権利:基本的生物権、魔術使用の権利、自己防衛の権利、自己回復の権利

称号:殺戮者、狼王、深海の王


 リル、その名は日本において海をつかさどる神だと言われている。その力は地球において全エネルギーのうちの七割を占める、ということに同義。

 つまり、まさかの変化を遂げたということだ。氷属性最強の生物だったフェンリルは、水を司る神の名を冠する狼になった。


 俺の目の前で静止していた水が、消えた。いや、消えたように見えた。思考加速を発動したために分かった。その水は、ルナに向かって進んでいた。空中で鋭く形状が変化したそれは、迷わずルナの心臓部に向かう。そして、貫いた。


「っ!?」


 反応できなかったか、反応するつもりがなかったか。しかしてルナの思うようにはいかなかったようで、血が滴る胸元に空いた風穴を抑えて苦しそうにうずくまる。

 そう、司水者によって生み出された水は、魔法ではない。つまり銀月も発動しない。これで遠距離攻撃というアドバンテージを、こちら側が得た、ということになる。


 まあもちろん、あの程度の傷で死んでくれる相手ではない。


――――――――――ムーンライト・ヒール


 ルナの傷口に、月光が降り注ぐ。すると、見る見るうちに傷は塞がってしまった。ついでに丸くくりぬかれた服も再生されていた。治癒魔法では本来物質の修復はできないのでやはり装飾品も体の一部、という認識は間違っていないようだ。


 魔術・月光。その有能さはその汎用性にも表れる。攻撃、補助、治癒。幅広い範囲の魔法を操れる。他の属性にも汎用性の幅が広いものはあるが、月属性のそれが最も広いのだという。一人ですべてできてしまう、そう考えればやはりルナは最強だと言える。


(やるかの……小僧。ならばこそ、妾も誠意をもって相手をしようかの)


 ルナの佇まいが、一変した。


 再び死角から攻撃を仕掛けたかなに一瞥もくれず、魔法を発動する。


――――――――――ムーンライト・ベール


 半透明の幕のようなものがルナの背後に現れ、かなの攻撃を阻む。……しっかりと魔拳を発動していたんだがな。傷の一つもついていないようだ。

 見た目はオーロラ、揺れる姿はカーテンの様。それなのにかなの全力の拳をまともに受けても無傷。なおも柔らかく揺れている。正直、ありえない。


 俺は、覚悟を決めた。


(リル、全力で行くぞ。でないと負けるのはこちらだ)

(了解した)


 リルの口角が、静かに持ち上がる。俺もまた、微笑を浮かべる。ああ、やっぱり楽しいのかもしれない。戦うことが。本気で、ことが!


《報告:冷徹者が発動します》

《報告:殺戮者の真の権能が開花。スキル:戦闘狂を獲得しました》

《戦闘狂:強敵を目の前にすると、高揚感に満たされる。戦闘に対する恐怖が消える》


 まさに、まさに俺にふさわしい能力だ。殺戮者。それによって与えられた冷徹者もそうだが、それに加えて戦闘狂。やはり、殺戮者という称号は、とことんまで殺すことを望む称号なのだ。お望み通り、全力で殺しにかかってやるさ。



―――――クリスタル――――――・クリエイト


 開かれた俺の右手の人差し指と中指の間に、柱状の氷が作られる。それはやがて長くなり、柄を成し、塚を成し、刀身を成す。やがて、一メートルくらいのロングソードが俺の手の中に納まった。

 その刀身は白を基調とし、青色のラインがところどころ入り乱れる、氷の剣。切断することより、粉砕することに適するため、その刃は分厚い。一応両刃になっているが、そこまで関係はないだろう。


名前:ホワイトクリスタル・ロングソード

耐久力:1900/1900 攻撃力:+1100 魔力:150/150


 耐久力に特化させて作ったつもりなのに、この程度だ。比較してみると、やはり星銀の剣の性能が高かったことがわかる。そんなものを失ってしまったことにやはり罪悪感を覚えたが、今はそんなことを気にしている暇はない。目の前の敵を、倒す。それに集中するのだ。


 属性剣術・氷、発動。俺の握る剣が、塵状の氷を纏う。


(ほう、面白いものを取り出したかの。それをどうするつもりかの?)


 すぐ後ろでかなの拳を防いでいるというのに、表情一つ変えないルナは、だがこちらを凝視してくる。まあ、この手の創造系魔法はあまり知れ渡っていないからな。例え長き時を生きていようと、見たことがなくても不思議ではない。俺だってしんさんからの受け売りである。


 俺は、一歩踏み込んだ。剣を左に構え、右に振り切る構えだ。だが、それだけではない。俺の体は込めた力の数倍の速度でぐんと進む。ルナも俺の足運びを見てある程度の速度を見切っていたのだろうが、それでは足りない。


 ホワイトクリスタル・ロングソードの特性。それは、極限まで摩擦を減らすこと。これは打撃を目的とするこの剣の性質上相性が悪そうにも思えるが、空気抵抗も減らせるために踏み込みの速度を微妙にずらし、相手の意表をつくことができる。


 現に、ルナも目を見開いている。二歩三歩と踏み込んだ頃には、ルナの目の前に躍り出ていた。最初、ルナとの距離が三十メートル以上開いていたと言えば、これのすごさがわかるだろう。


 そして俺は、剣を振るった。

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