初討伐
目の前に飛び出してきた黒い影に、俺は剣を振るった。とっさに目をつぶってしまって、まともに相手を見てすらいない。ふるった剣だって剣先と力を籠める方向が違っているかもしれない。気が動転してもう当たってくれと願う以外に何もできていない。粋がってみたもただの人。異世界の魔獣に勝てるほど強くない。
それは分かっていた。
スッ
剣が空を切った音がした。終わった、と思った。
訪れるであろう激痛に備えて体に力を入れた。まあ、そんな備えは意味がないのだが。きっと、噛みつかれたら痛いんだろうなー、と。だが、いつまでだっても痛みは来なかった。
「あ、あれ?」
俺はどうなった? 痛みも感じないままにやられた? 一瞬で神経を搔っ切られた?目を、開いてみる。目の前には、剣を握る俺の腕があった。俺は、立っていた。ど、どうして? かなが何かしたのか? それともブレイカー? そう思って振り返るが二人とも先ほどの位置から動いていない。
俺は改めて現状を確認するために辺りを見回した。足元に、脳天からしっぽまで真っ二つに切り裂かれた猫科の動物がいた。俺の剣には、赤い液が滴っていた。俺の腕も、服も赤く染まっていた。
自分で自分の顔が引きつるのが分かった。足が震えている。あの、俺には刺激が強すぎます。足の震えが止まらない。やがて力が抜けてしりもちをついてしまった。
カランカラン
剣が俺の手から落ちて音を立てる。手が震えている。俺が、殺した? 地面に血だまりができる。目をそらすことができなかった。生き物を殺してしまうことにここまでの恐怖があっただなんて知らなかった。俺は牧場では働けないな。
「はは……は」
《報告:レベルが上昇しました。レベルが6になります》
《報告:レベル上昇に伴いスキルのレベルが上昇。『解析鑑定』の精度向上》
《報告:解析鑑定にて対象の詳細が判明。表示します》
種族:魔獣・ブラックファング
名前:なし
レベル:44
生命力:0/232 攻撃力:830 防御力:632 魔力:0/702
状態:死亡
スキル:魔牙Ⅳ、精神強化Ⅴ、毒牙Ⅵ
権利:基本的生物権
称号:殺戮者
《魔牙:牙に魔力を籠める。それにより攻撃力の上昇。レベルにより攻撃力の上昇率が上がる》
《精神強化:精神的負担を減らす。負担の減少率はレベルによって上昇する》
《毒牙:牙に毒を纏わせる。毒の効力、量はレベルによって上昇する》
《殺戮者:一度の戦闘で百体以上を殺した者に与えらえる》
殺戮者……そんなんを倒したのなら、まあいいか。
《報告:『精神強化Ⅴ』を獲得》
《報告:称号『起死回生』を獲得》
《『起死回生』:圧倒的上位者に勝利したものに与えらえる。権能:上位者に対する攻撃に一定確率で即死付与》
《報告:『魔力感知Ⅱ』のレベルが上昇。『魔力感知Ⅳ』になります》
称号をもらえたのか。そう考えるとよかったとも言える。それに強くなってるみたいだし、レベルも上がった。これも必要なことだったんだ。仕方ない。
《報告:個体名かなとの『制約:隷属』の保留が解除され、正常に発動します》
(主様!)
(かな、か?)
(うん、かな! 大丈夫?)
(あ、ああ、大丈夫だ)
よかった。俺のレベルが上がったことでかなと再び話せるようになったようだ。
種族:人類・人間
名前:司
レベル:6
生命力:34/34 攻撃力:31 防御力:26 魔力:49/51
状態:制約・奴隷
スキル:魔力感知Ⅳ、解析鑑定、森羅万象、精神強化Ⅴ
権利:生きようとする権利
称号:起死回生
種族:獣人・黒猫人
名前:かな
レベル:4
生命力:32/32 攻撃力:64 防御力:32 魔力:34/34
状態:制約・隷属
スキル:魔爪Ⅱ、魔術・精霊Ⅴ、精霊召喚、精霊使役Ⅹ
権利:精霊使役権
今の俺とかなのステータスはこんな感じ。獣人という人間よりも身体能力が高い種族であるためか、俺よりレベルが低いのにかなのほうが攻撃力防御力共に高い。それに精霊魔法を使えるので、かなのほうが強いだろう。それでも制約・隷属はレベルの差でしか変わらないようだ。
俺の体の震えも、かなり治まってきた。荒かった息も、激しかった鼓動も静まってきた。もちろん完全に止まったりはしないが。何とか踏ん張れるようになり、かなの手を借りて起き上がる。情けない限りだが、何かを殺すという衝撃が思ったよりも俺の心に影響を与えたらしい。
剣を持つ手だけは、今だ震えていた。
軽く血を振り払って腰の鞘に納める。少しは手の震えがましになったかな。
(ありがとうな)
(ううん、これもかなの仕事)
(じゃあ、行ったん帰ろうか。魔獣を倒したし、リリア様も認めてくれるはずだ)
(どこに行くの?)
(えっと、大きな木のお家かな)
(それならこっちだよ)
先程のエレメンタルフォース・ワイドサーチで確認していたのか、かなは場所がわかるようだ。俺も自分の方向感覚を信じて進もうと思っていたが、流石に不安があったので心強い。まあ、一応方角はあっていたのだが。
そして、リリアの家に戻ってきた。道中魔獣に襲われることもなく、何事もなかった。血の臭いにつられてくるんじゃないかとも思ったが、ブレイカーに気おされて逃げていくやつもいた。やはり俺が感じる覇気のようなものは気のせいではないらしい。だとしたらさっきの黒ヒョウはどうして寄ってきたのだろうか。疑問は絶えないが、今考えても仕方ないと割り切って思考を振り払う。
そして、玄関の前に佇むリリアに手を振った。
「――――」
「ただいま」
言葉の意味は理解できないが、一応挨拶くらいはしておかねばな。リリアはちらっとかなを見て、首を傾げた。まあ、人類と制約を結んでくるとは思わなかったのだろう。
「――――?」
なにやらかなに話しかけたようだが、返事がなくて首をひねっているな。そして、かなの顔を凝視して、驚きの顔浮かべた。きっとステータス看破を使ってかなにも基本的生物権がないことが分かったのだろう。
かなり珍しいことらしく、何度も何度もかなの方を見直している。多分五度見くらいした。それでやっと落ち着いたのか一息ついて、かなの前に屈みこむ。そしてかなの頭に向けて腕を伸ばす。
(誰?)
(えっと、俺の主様かな)
(じゃあ、かなの主様?)
(まあ、そうとも言える)
(わかった)
かなは身構えることなく、リリアから延ばされた腕を受け入れる。リリアは優しくかなの頭を撫でてやった。かなは気持ちがよさそうに目を細める。元から人懐っこいかなだからか、嫌がってはいない。されるがままにされること数分、リリアは立ち上がってきた。そして、今度は俺の前にかがむとこちらに手を突き出してきた。
「
俺の体が一瞬光、その光が消えた時俺の体についていた血が消えていた。
《クリーン:洗浄魔法。汚れを落とす》
なるほど、洗浄魔法か。便利なものがあるもんだ。足についていた土も消え去り、服にも靴にも汚れがない。手についていた血も綺麗にとれている。さすが魔法だ。
「――――」
何かを笑顔で言ってきたリリア。やっぱり言ってることはわからないけど、まあ多分
「ただいま」
お帰りって言われたんだろうな。リリアも俺がただいまって言ったとわかったのか、小さく微笑むと大木の家の中に入っていく。俺とかなも続いて入っていく。
ちょっとだけ、嬉しくなった。
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