ある日神によって異世界に送られた俺は基本的人権すら失い大した力も与えられなかったのでエルフの奴隷にされてしまったけど甘やかされて緩い人生送ってます?
プロローグ 何だか知らないけど異世界に招待されました
ある日神によって異世界に送られた俺は基本的人権すら失い大した力も与えられなかったのでエルフの奴隷にされてしまったけど甘やかされて緩い人生送ってます?
シファニクス
序章
プロローグ 何だか知らないけど異世界に招待されました
人生とは、唐突の連続だと思う。安定した生活を望んだとしても、それがかなうとは限らない。むしろ、かなわないことの方が多いだろう。だから、これも仕方のないことだったのかもしれない。
とある日の朝。俺は学校の登校時刻を遠の昔に置き去りにして目覚めた。太陽は既に南東の空を通り過ぎてずんずんと真上に向かって昇っている。そんな様子を三十分ほどぼーっ、と眺めてから、俺は体を起こした。
「今日は黒もいないし、もう少しゆっくりしようかな」
俺は憎たらしい妹の顔を思い浮かべながら、そんなことをつぶやいて、階段を下る。電気もついておらず、静かだ。聞こえるのは壁に掛けてある時計の動く音くらい。長針が十一を指していた。
「じゃあ、ブランチといきますか」
軽く朝飯と昼飯とを兼ねた食事を行い、寝間着から普段着に着替える。 もうそろそろ夏も終わるという時期だが、それでも半そでで十分なはずだ。だがそれでも、俺はパーカーを着る。黒い、ジッパー付きのパーカーを羽織り、フードをかぶる。
俺は家の鍵をもって、外に出た。
「眩しっ」
そしてしばらく歩いて、今年の三月までは通っていた中学校に来た。
家からは歩いて五分くらいの距離で、この辺ではまあ大きいほうだ。全校生徒は四百人強。普通に教学の一般的な中学校、だと思う。俺にはわからない。
ポケットに突っ込んだ手を、学校のフェンスについて校庭を眺める。
今はどこかのクラスが体操着を着て校庭のトラックを走っていた。長距離だろうか、可哀想に。そんな様子をしばらく眺め、体育教師のホイッスルが鳴り響いたあたりで、教師の周りに集合する中学生たちを横目に、正門の方に移動する。
「お前はいつも歩きながら本読んでるくせして、怒られないよな」
歩きスマホの元凶ともいえるだろうに、誰にもとがめられないどころか参考にしろと言われる銅像に、正門のフェンス越しに難癖をつけてから、どこからか入れないか探してみる。
そしてふと、校門横の茂みに隠れる黒い何かを見つけた。黄色い目をこちらに向けて、屈んでいるようだ。
「よ、久しぶりだな。エサはもらってるか?」
にゃー
俺が近寄ると、間延びした鳴き声をぽつりと残し、退屈そうに立ち去っていった。
俺が中学二年生のころから学校に住み着いている野良猫だ。一時期は俺が世話をしてやっていたこともあったが、今でもこの学校に残っているんだな。
決してやせ細っていたわけでもないし、何とか生きているのだろう。いいことだ。
野良猫が進んでいった方について行ってみることにした。
茂みを抜け出し、校門沿いの道を俺が来たのとは反対方向に進んでいく。
確かこちらの方には、小さな神社があったはずだ。誰が管理しているのかもわからないようなやつだ。
恐らく週に何日か町会の人間が掃除でもしていると思うのだが、あまり来ることもないので見たことはない。
そして、予想通り野良猫はその神社に入っていった。ゆっくりゆっくり、俺の歩調と同じくらいのペースで賽銭箱の方に向かって行く。
そして、俺はそこに人影を見つけた。
「あれ、珍しいな。こんな時間に人なんて……ん? うちの制服?」
うち、と言っても俺が行っている高校ではなく、すぐそこの母校のものだ。
見覚えがありすぎる女子用の制服を着た背中が、賽銭箱の前に屈んで何かをしていた。
背中越しに見えるのは餌箱のようなもの。……なるほど、野良猫に餌をやっていたのはこの子か。
そして近寄る足音に気づいたのだろう。その女子生徒は振り向いてきた。
だが、俺は気づいた。その後ろ姿に見覚えがあるということに。
「あ、こんにち……は? お兄ちゃん? 何やってるの?」
「げ」
「げ、とはなんだ、げ、とは。何やってるのよ。本当に」
何処か見覚えがあるとは思っていた。だが周りの木の陰で少し暗かったし、こいつの制服姿なんてめったに見ないからわからなかった。
目の前に立ちはだかったのは我が妹、黒江だった。
「……」
「……」
「……帰る」
「お待ちっ!」
咄嗟に踵を返した俺の腕を、黒江はつかんで離さない。えぇいっ! 邪魔だ、放せ!
「最近高校に行くの遅いなぁ、とは思ってたんだよっ! まさか休んでるなんて!」
「いや、こ、これには正当な理由があってだな……」
「言ってみんしゃいっ!」
「……進学に必要な単位はもうほとんどとった?」
「疑問形だしまだ半分以上高校一年生は残ってるんだよっ!」
クッソ鋭いやつめ! これだから感の良いガキは嫌いなんだ。
「じゃ、じゃあお前はなにやってるんだ? まだ授業のはずだ!」
「あほんだら! 今日は中学三年生は午前中で授業終了だわ!」
「なに!? 何故それを俺に言わなかった!」
「言ったわボケ!」
……なるほど、つまり俺が悪いわけだ。いや、その手には乗らないぞ!
「だ、誰がボケだ! 仮にも兄に向かって、なんて口の利き方だ!」
「おい! 仮の兄!」
「そういう意味じゃねえよ!」
ひでぇ妹だ。というか、怒りの表情を急に青くさせてどうした?
「これどうなってるん?」
「ん? これって何のこと……は?」
黒江に言われて気づいた。俺たち今、どこにいる?
いや、神社の境内にいたはずだ。いたはずなのだが……。
俺達は今、星のない宇宙空間のような場所にいる。
何を言っているのかわからないかもしれないが、俺にもわからない。
あったことをありのままに言ったまでだ。しかし、そんなことで納得できないというのなら付け加えよう。足元が不安定だったりすることはなく、周りも見渡せる。
まあ、見渡せたところで真っ黒い空間が続くだけであり、この空間にいるのは俺と黒江、あとは黒野良猫。こいつのせいって言ってやることもできるがそれはいささか無理があるというものだろう。
他に何かがある様子はなく、本当に何もない空間だ。
「うん、なんだろうな、これ」
「私に聞くな、兄者」
喋り方が非常にコミカルな我が妹だが、今はそんなことどうだっていい。重要なのは俺と妹、そして野良猫が置かれているこの状況だ。
……いや、本当にどうして猫がいるんだよ。いちゃダメってわけじゃないが……。
この意味不現象の中に猫がいるとどうにもシリアス感が無くなる。別に望んじゃいないが。
「で? どうする兄上」
「そうだな、状況が動くまで俺達にはできることがない。なんとなくファンタジー感あふれるこの意味不空間だが、きっと俺達にはどうしようもない。ここの神社の神様のとんでもパワーだったらまだましだ」
「それでましなの?」
「ああ、例えば世界征服を企むやつらとかの方が厄介だ。神様のとんでもパワーなら、ま、神だし仕方ないかって思えるが人間だったらふざけんなってなるだろ?」
「うーん、確かに?」
分かってないなこいつ。まあ、俺も自分で何を言っているのか分かってないが。
落ち着いている風に自分に思い込ませているが、まあ正直混乱しているのだろう。
でなかったらこんな阿呆みたいな会話は発生しない。
だが、自分で言った通りこの意味不空間でできることは限られるはずだ。なんてたって物理の法則に反しているからな。足元には何もないはずなのに足場が安定しているとかまずおかしい。
次に試しに大きく腕を振ってみたのだが、空気抵抗が少ない。というかないのだろう。
それなのに息ができている。いや、出来ていないかもしれない。どちらにしても、この空間で生きていることがおかしい。
「君、いろいろ言っても結局落ち着いてない?」
「いや、焦ってるに決まってるだろ? ……あれ? 今の誰の声?」
「あ、お兄ぃ……」
「ん? どした?」
黒江が震えながら俺の背後を指さしてくる。
何かいるのかと思い振り向いたが、真っ黒い空間が続いているだけだ。
「なにもいないぞ?」
「き、消えた!? ……ああ! 後ろ後ろ後ろ!」
「なんだよ……何もいないじゃないか」
一瞬戸惑いの表情を浮かべた黒江が、また表情を一変させて叫ぶので振り向いたが何もいない。
「え、ほ、本当にどうなって……ああ! いる! いるから!」
「……どこに?」
「また消え……あ! また後ろ!」
「……お前、揶揄ってるのか?」
「そんな余裕があるように見えるのか兄様!」
見えないな。
「というか、何がいるんだよ」
「え、ええっと……なんというかキラキラした服を着てて、フワフワしてて、頭にわっかがあってぇ……」
「天使か何かか?」
「で、でも男の子みたいな顔してたよ?」
「男の天使だっているんじゃないか?」
ジェンダーレスの時代だからな。
「さあ、どうだろう。僕が天使に見えた?」
「「……」」
「……ん?」
「違うってよ」
「そんなこと言ってないでしょ?」
すぐ真横から、声が聞こえた。俺と黒江は、反射的に反対側に目をそらした。
そして横目でお互いの顔を見ながら会話をする。後ろから、気配を感じる。
絶対に、俺からは振り向かないからな。
「お兄ちゃん、急に眼をそらしてどうしたの?」
「べ、別に?」
「人と話すときは相手の目を見なきゃ。ほら、まず自分から自己紹介してさ」
「俺コミュ障だから無理だな。高校だってさぼってるし」
「あ! ついに白状したな!」
「今更そんなことどうでもいいからな。高校をさぼることもまた一つの権利なのだよ」
こうなったら全力で話をそらしてやる。
「開き直ったな!」
「ふっふっふ、金を払っているのは俺の両親だが、行かせようとしないあいつらも悪い! それに、俺には人権があり、学校に行かなくたって裁かれることはない!」
「この! 子どもの人権の横暴だ! 人としてそれでいいのか!」
「人に与えられた権利を人が使って何が悪い!」
「このニート!」
「学校には週三くらいで行ってるし、そこまで悪いこともしてないからいいだろうが!」
「ええ!? そんなに休んでたの!?」
「あ、やべ」
調子に乗って余計なことを言ってしまった。
「無視なんてひどいなー。せっかく僕が話しかけてるのにー」
「「……」」
「……はぁ、しょうがないなー」
後ろから気配が消えた、と思われた瞬間、目の前に光がともった。それは布のようなもので――
「やっと目があった。どうも、初めまして」
特に考えもせずあげてしまった視線が、そいつの視線と交差した。
そいつは、確かに黒江の言う通りフワフワと浮かんでおり、頭に輪っかがあって少年のような顔つきだった。だが、どう考えても人間ではないため性別の断定はできない。というか、性別がない可能性だってある。
「は、はじめ、まして? お、俺の名前は司。お見知りおきを……」
「わ、私は黒江って言います!」
動揺しすぎてもう何でもいいと割り切り自己紹介をした俺に続けて、黒江もやけくそ気味に自分の名前を叫んだ。
「ご丁寧にありがとう。僕の名前はソトって言うんだ。一応神様だ」
ソト、と名乗ったそいつは俺たちの言葉に、不機嫌そうだった顔を面白そうに笑う笑みに変えてそう言った。神様、ねぇ。
信じてもいい。むしろ信じたほうが辻褄がある。だが一つ、どうしたってわからない。
「どうして、神様が私たちの前に?」
黒江がこぼした疑問だが、まさしくその通りだ。
この意味不空間を作ったのが神様なら仕方ない、まあそれは確かにそうなのだが、どうして俺たちを? という話になってくる。たまたま、とかなら、もう諦めるが。
「うーん、なんだか楽しそうだなーって思ったから」
「え、えっと……私たちがいた神社の神様、なんですか?」
「あ、それは関係ないよ。そもそもあの神社にはもう誰も住んでないしね」
「えぇ……家内安全のお守りとか売ってたよ? 買わなくてよかったー」
無人販売でお守りが売っていたが、それのことを言っているのだろう。まあ何の価値もないようだ。無人販売で売るようなお守りだからな。何の価値もなくて当然だろう。
いや、そんなことどうでもいいんだよ。
「じゃあ、なんの神様なんだ?」
「えっと、異世界の神様、かな」
「そうか異世界……異世界!?」
八百万の神々がいると言えど、異世界の神だなんて初耳だ。まあ、俺は神様を百も知らないけどな。
「ってことは、別の世界の神様ってことか? そんな奴が、本当にどうして……」
「だから、君たちが楽しそうだったから。でも、確かに理由らしい理由はないかな。なんとなーく、君たちを選んだ」
「な、何にだ?」
「僕の世界に招待する人、だよ」
「ええ!?」
黒江が驚きの声をあげるが、当然だ。つまり、別世界に飛ばされるということ。
何があるか分かったものじゃない。どんな世界かもわからない、そんな場所に頼りもなく送られたら?生き残れるわけがない。
例えば地球と全く同じ環境ならいいんだが、そんなことないだろう。もっと言えば日本のような場所でないと生きていける気はしない。
現代日本人に適応力を求めないでほしいのだ。
「えっと、拒否権は」
「ないよー」
「……請願権は?」
「ないよー」
「……ちなみに基本的人権の尊重は」
「されないよー」
俺に人権はないらしかった。
どうしたものか。
「どうやら権利が欲しい司君の言葉に応じて、君たちには権利を一つずつあげよう。あとは皆種族は人類で固定してあげる。あと衣服もサービスしてあげるよ」
「いや、あの、話を――」
「権利はランダムにしようかな。ルーレット、スタート!」
「いや、あの、だから話を――」
「えい!」
ソトが勢いよく俺達に指をさしてきた。
それと同時に騒がしい音が俺たちの背後から聞こえてきた。
ルーレット、といったか。きっと今まさに回っているに違いない。
振り向いてみると、3Dみたいに浮き上がったルーレット盤がぐるぐると回転していた。
キラキラと光り輝いて。
「眩しっ!」
「な、なにこれ!」
あの、あまりに眩しすぎて直視できないんですけど! 結果くらい見させろよ!?
「ストップ!」
いやだから結果くらい見させろって!
「おお、おお! おお! 面白い、面白いね! これは面白い!」
しかもこいつ面白いしか言わないからどんなものか分からないじゃないか!
「うんうん、これはいいね。面白いものが見れそうだ。あ、そうだ。この空間のことと僕のことは忘れてもらうから、よろしくね」
「いや、だから結果をだな――」
「そ、そうです結果くらい――」
「じゃあ、君たちを僕の世界にご招待!」
「「だから結果を見せろって言ってんだろこのクソやろう!」」
見事にかぶった俺たちの声は虚しく、次の瞬間には俺の意識は途切れていた。
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