黒いマリア

南野海

プロローグ

K

 俺がその事件を担当したのは偶然だった。しかし今考えれば、神の意志に基づいたものではないかとすら思う。

 殺されたのは少年院上がりの男で、まだ未成年だった。

 そいつは三年前、東京都内にあった黒井家に押し入り、父親と娘を殺害した犯人グループの一員だ。たった三年ほどで出てこられたのも、当時まだ高校生だったことと、主犯格は別にいたためだろう。

 もっともその主犯格であるアメリカからの留学生女はいまだに行方不明で、うまく逃げ失せたままなのか、どこかで死んでいるのかもわかっていない。

 その事件を担当した俺としては、少年院から出たばかりのこの男が殺されたのは、見過ごせない。

 そいつは細いワイヤーのようなもので首を絞められて殺され、死体のそばには、黒く塗られた逆さ十字のロザリオが置かれていた。

 それを見たとき、黒井家の惨劇と無関係ではないと直感した。

 当然、捜査会議でもその話題は出た。黒井家の生き残りの仕業ではないか?

 だが母親冬美は精神を病み、自宅療養中で、ひとりではまともに外出もできない状態だ。俺はもうひとりの生き残り、女子大生になった摩理亜マリアの元へ行くよう命じられた。

 彼女のアパートを訪ねると、久しぶりに見たマリアの姿に驚いた。

 三年前、事件の直後会ったときは、当然のことながら悲しみに明け暮れ、笑顔を忘れた暗い少女というイメージだったが、長い黒髪をたなびかせた彼女は凜として美しかった。名前の読みは西洋人のようだが、もちろん生粋の日本人。にもかかわらず、その顔立ちはどこか西洋的であり、絶世の美女と言っても差し支えない。

「そうですか、あいつ、殺されましたか?」

 マリアはその美貌にかすかな笑みを浮かべた。

「で、あたしが殺したとでも?」

「いや、そうは言っていません。ただ、念のため、昨夜どうしていたか、教えてもらえませんかね?」

「アリバイ調査ですか?」

「みんなに聞いています」

 昨夜はコンパだったらしい。話を聞く限り、アリバイは完璧だ。もちろん、裏をとる必要はあるが、すぐばれる嘘をつくこともあるまい。

 だが俺はむしろ引っかかった。できすぎだ。

「父とアリスを殺したやつらなんか、みんな死ねばいい」

 アリスとは、殺された彼女の妹、黒井亜理栖アリスのことだ。当時まだ十三歳にすぎなかった。

 マリアが犯人たちを恨むのも無理はない。

 だが、その目には怒りや恨みというより、ある種の狂気が感じられた。

「すみません、つい口走ってしまいましたが、本気にしないでください。そういう個人的な恨みは忘れることにしました」

 彼女は首を振った。

「あたし教師になることにしたんです。不良高校生の更生を目指します」

 俺はその言葉を信じなかった。さっきの言葉の方がよほど真実味がある。

 更生? 殲滅の間違いじゃないのか?

「そうですか、頑張ってください。じゃあ、行くぞ。コガネ……いや、タク」

 相棒に促され、その場を立ち去ったが、俺はマリアの表情が忘れられなかった。

 理屈ではない。直感だ。

 たとえ、アリバイが完璧であったとしても関係ない。

 犯人はマリアだ。


   ※


 数日後、犯行グループに所属していたもうひとりの男が殺された。

 現場にはやはり、黒い逆さ十字が転がっていた。


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