第2話 初の指導(1)

 翌日、アレンはカレンに言われた通りに、ギルドの受付に向かった。


「おはようございます、カレンさん」

「おはようございます、アレンさん。もう、担当するパーティーの子達が来ていますよ」


 カレンはそう言って、ギルドの端っこを指さした。そこには、四人の子供が居心地悪そうにしていた。冒険者の中には、顔が怖い人も多いから仕方ない。


「じゃあ、行きますね」

「はい。頑張ってください」


 アレンは、四人組の子供の近くに向かっていく。


「えっと、おはよう」


 アレンが挨拶をすると、子供達は警戒をして身構えた。突然知らない大人から話しかけられたら、そうなるのも仕方ないだろう。


「えっと、僕が君達の指導員なんだけど……」

「本当か? 何か弱そう」

「あはは……」


 男の子が、グサリと刺さる言葉を言う。実際に弱いといえば弱いのだが、子供にまでそう思われる程かと自信を失った。


「ちょっと、リック! 失礼でしょ!? 本当にすみません。私は、メルティ・クロマールです。こっちは、リック・スペンシー。それと、ガイ・クロンドとニッキ・メランドです」


 メルティという女の子が、皆の名前を紹介してくれる。リックとガイが男の子で、ニッキは女の子だった。


「僕は、アレン・ラルク。よろしくね。えっと、それぞれの職を教えてくれるかな?」

「私は、僧侶です。リックとガイは戦士で、ニッキが魔法使いです」


 リックの方が攻撃重視で、ガイは防御重視の戦士のようだ。そして、ニッキは、水魔法を得意としているらしい。


「うん。一人一人がきちんと役割を果たせれば、ちゃんと戦えそうだね。早速、ダンジョンに入って戦ってみようか。色々な指導は、その後だね」

「はい」


 リックは不服そうにしていたが、他の三人は頷いてくれた。恐らく、アレンが強そうに見えないからだろう。出来れば、強い冒険者に指導してもらいたいと思うのは当然だろう。

 アレンとメルティ達は、初心者用のダンジョンに向かう。


「はぁ!? 何で、初心者用なんだよ!? 指導員がいれば、もっと上のところだって行けるだろ!?」


 初心者用のダンジョンに向かう事をしって、リックが噛み付く。


「そうだね。でも、その分、死ぬ可能性だって増える。リック自身や君の仲間もね」

「だけど、その分、早く成長出来るだろ!?」


 リックは、何が何でも早く強くなりたいらしい。そのための危険なら甘んじて受け入れるつもりなんだろう。


「最初から飛ばす必要なんてない。寧ろ、最初はコツコツと地盤を固める必要があるんだ。これが、その地盤固めだよ。それを疎かにしたら、いずれ先のダンジョンで死ぬことになる」

「そんなの冒険者をやっていたら、当たり前のことだろ!」

「その当たり前をくぐり抜けるのに、必要な事だ。今のSランク冒険者達は、皆そうだ」

「俺には必要ない!!」

「その慢心で、人が死んでいくのを何度も見た。僕は、君にそうなって欲しくない。だから、何度でも言う。今は地盤固めの時だ。分かったね?」


 アレンは、何を言われても声を荒げることなく諭し続けた。アレンが折れない事を悟ったのか、リックは舌打ちをした。そして、渋々付いてくる。アレンの指導員としての最初の仕事は、前途多難そうだ。


「本当にごめんなさい」


 メルティが、リックの事で謝罪してくる。


「大丈夫だよ。こっちの方こそ、ちゃんと説得出来なくてごめん。僕がもう少し説得力と実力を持っていれば良かったんだけど」

「そんなことないと思いますけど。さっきの話、私は納得しましたし」

「それなら良かった」


 メルティは、アレンの言いたい事をしっかりと理解して、受け入れていた。パーティーの中で、先を急いでいるのはリックだけのようだ。


「そういえば、指導員は、元冒険者の人が多いんですよね? アレンさんもそうなんですか?」

「ああ、うん。元々は、レオニスのパーティーにいたよ」

「え!? Sランクパーティーに!?」


 メルティやガイ、ニッキが、見て分かるくらいに驚く。ただ、リックだけが鼻で笑う。


「はっ! 嘘つけよ。仮に本当でも、指導員なんてやってるって事は、どうせクビになったんだろ?」

「リック!!」

「メルティ、大丈夫だよ。実際、辞めたのは本当だし」

「何で、辞めたんですか?」


 ガイが、少し遠慮がちに訊いてきた。訊いていいかどうか分からないからだ。


「高難易度のダンジョン攻略に付いていけなくなったからだよ」

「高難易度のダンジョンって、そんなに難しいの?」


 ニッキが、首を傾げて訊く。


「そうだね。一つの小さなミスが、致命的なミスに発展するし、魔物の強さと数もここみたいなダンジョンとは桁違いだし、休める場所も見つけるのが困難だし、ダンジョン内のトラップもエグイものが多くなるしね」

「そんなのどうやって攻略するの……?」


 僕の話を聞いて、ニッキが少し青い顔になる。


「そのために仲間がいるんだよ。役割分担をして、それぞれがそれぞれを支え合う。これが攻略の基本で重要な事かな。僕は、周囲の警戒をもう一人の仲間と担当していたんだ。それと、優秀な回復役がいる事も重要になってくるかもね。皆のパーティーだったら、メルティが重要になるって感じかな」


 アレンの言葉に、メルティが緊張し始めた。


(ちょっと言い過ぎたかな。でも、それくらいの意識を持って貰わないと、回復役がいなくなったら、パーティーは瓦解してしまうし、乗り越えてもらわないと)


 そんな事を思いつつ、アレン達は歩き続けた。そして、初心者用のダンジョンに辿り着いた。


「おっ、着いたよ。ここが、初心者用ダンジョン【小鬼の巣窟】。僕は、指導するだけだから、君達の戦闘に干渉することは少ないと思う。基本的には、自分達で切り抜けるように」

「わ、分かりました」


 メルティ、ガイ、ニッキは、少し緊張しているようだ。リックは、それほどではないようだが、アレンは少し心配していた。強くなりたいという気持ちから、色々と先走る可能性が高いからだ。そんな心配をよそに、リック達はダンジョンの中に脚を踏み入れていった。


「皆は、ダンジョンに入るのは初めてなんだよね?」

「はい。外の魔物と戦った事はありますが、ダンジョンに入っての戦闘は初めてです」

「なるほど。分かった。後、ちゃんと索敵はしておいてね。ほら、正面右の通路から来るよ」


 僕がそういうと、皆に緊張が走る。それからすぐに、緑色の皮膚をした小鬼ゴブリンが現れた。数は、三体。三体とも革鎧と短剣を持っている。


「よっしゃ! 行くぜ!」


 リックが、剣を抜いて駆け出す。


「リック! 先走らないで!!」


 メルティが引き留めようとするが、リックは聞く耳を持たない。そのまま突っ込んでいくと、ゴブリンの一体に向けて剣を振り降ろす。ゴブリンは、リックが突っ込んだ時点で既にこちら側を認識していたので、後ろに飛び退くことで避ける。


「くそ!」


 振り下ろした姿勢で、一瞬止まったリックに、ゴブリンが短剣を突き出す。


「させない!」


 すかさずガイが割り込んで、短剣を盾で弾く。ガイは、防御型の戦士なので、全身を革鎧で包んでいる。まだ子供ということもあり、全身金属で覆うのは厳しいので革鎧になっているが、それでも厚みを持たせているため、意外と重い。それなのに、すぐにリックの元まで駆けつけた。重さをものともせずに動けるように、普段から訓練でもしているのかもしれない。


「『飛翔せよ水のウォーターアロー』!!」


 ニッキが水で出来た矢を二本放つ。まっすぐ飛んでいた矢は、それぞれ別の軌道を描いて、ゴブリン二体の身体に命中する。しかし、それは革鎧の上なので、大したダメージにはならない。


「リック! 怯んだ二体を攻撃! ガイは、残り一体の攻撃を防いでいて! ニッキは、リックの援護を!」


 メルティが状況を見て、全員に指示を飛ばす。すると、全員がその通りに動き出す。アレンには反発ばかりしていたリックもそうだ。

 元々、こういった役割分担で行動していたみたいだ。リックは、怯んだゴブリン一体の首に剣を突き刺す。そこに、立ち直ったゴブリンが短剣を振りかぶって迫る。しかし、リックに迫る直前で、不透明の壁に阻まれた。僧侶であるメルティが、リックの目の前に張った『即席結界インスタント・バリア』だ。だが、即席であるが故に、その強度は低い。ゴブリンは、すぐに結界を叩き割る。そこに、ウォーターアローが飛んでいき、身体と首に命中した。そのゴブリンの首をリックが、すぐに刎ねた。

 最後の一体は、ガイが仕留めていた。盾で短剣を弾きつつ、そのまま盾で頭を殴ることで、ゴブリンの動きを止め、剣で首を斬り裂いたのだ。


「はっ! 楽勝!」


 そう言ったリックの真横に向かって、アレンが持っていた杖を投げつける。その先には、さっきリックが首に剣を刺したゴブリンがいた。ちゃんと息の根を止めきれていなかったのだ。


「ちゃんと倒したことは確認しておくこと。ゴブリンとかは、皆が思っている以上に生命力が強いから、普通は死んでいるダメージでも、最後の悪あがきくらいはしてくる。敵を倒しても油断はしないで」


 アレンは投げつけた杖を回収しつつ、皆に向けてそう言った。皆、特にリックは、歯噛みをしていた。アレンの言った事を、実際に痛感しているからだろう。敵を倒したと思ったリックは、油断して隙を見せていた。そこにつけ込まれそうになっていたのだから。


「さてと、今の戦闘の評価だけど」


 アレンがそう言うと、悔しそうにしていたリック達に緊張が走る。


「概ね文句はないかな。それぞれが出来る事をしている。ただ、最初のリックが先走ったのは頂けない」


 アレンがそう言うと、リックはピクッと動いてアレンを睨む。


「何でだよ!? 先に攻撃をした方が有利だろ!?」

「あの時、ガイが割り込んでいなかったら、君は大怪我をしていた。貴重なアタッカーがいなくなる事がパーティーにとって、どれだけの不利益を招くことか分かるだろう?」

「うぐっ……」


 アレンの言い分が正しいと自覚しているのか、リックは何も言えなくなった。カレンは、リックから皆に視線を移す。


「後は、全員に言える事だけど、油断しすぎ。周辺警戒を、もっと密にした方が良い。敵との不意の遭遇は、なるべく少ない方が良いからね。その役割は、全員でもいいし、分担してもいい。今日は、僕が担当するから、皆で話し合って決めておいて」

「はい、わかりました」


 リックだけは、まだ認めていないようでそっぽを向いたままだったが、他の皆はアレンの指導に頷いてくれた。


「じゃあ、もう少し進みつつ、魔物との戦闘をしてみよう。他の課題も見えてくると思うから」


 アレン達は、ダンジョンの中を歩いていく。

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