可愛くて一途で積極的な後輩女子はいかがですか?

明石龍之介

第1話 好きな人

「せんぱーいっ! ご苦労様ですー。お茶どうぞ」

日葵ひまり、ありがとう」

「いえいえ、それより今日はデートなんですよね? 頑張ってくださいね」


 私立浦悦高校しりつうらえつこうこうの四階、文芸部の部室にて。

 先生から課された部の活動内容レポートの提出期限が迫っているので後輩に手伝ってもらいながらそれを仕上げているところ。


 それに、今日は大切な用事がある。

 一年生の頃から気になっていた女の子と、初めてデートに行く約束をしているのだ。


「日葵、色々とありがとな。誘い方とかデートプランとか色々相談に乗ってもらって」

「何言ってるんですか。私と先輩の仲でしょ? それに、先輩は女心がわからない童貞さんですからねー」

「よ、余計なお世話だよ」

「ふふっ、でもでも予定通り事が運べばいいですね」


 文芸部の部員は現在二人。

 三年生の先輩が引退して、二年生の俺が部長を引き継ぐ形となったところに後輩の日葵玄ひまりくろが入部してきた。


 彼女はミディアムヘアの少し小柄な女の子。

 気が強そうな切れ長の大きな目が特徴的な、とてもかわいい子だ。

 人懐っこくて明るくて、一年生の間だけでなく上級生の中にも彼女を狙っている連中は多いんだとか。


 でも、そんな彼女がどうしてこんな廃れた部活に入ってきたのかは謎。

 入部届を持ってきた時に一応聞いてみたところ「私、人が多いの苦手なんで」と言っていたがはたしてそれが本心なのかはわからないまま。

 最初は可愛い女子と二人っきりということで変に意識したこともあったけど、二ヶ月ほど経った今ではすっかりいい部活仲間になった。


「でも緊張するなあ。俺、ほんとに女の子とのデートって初めてで」

「自然でいいんですよ。その方が先輩の魅力が伝わりますって」

「俺の魅力、ねえ。それってどんなところだ?」

「んー、女慣れしてなさそうなとことか、頭いいのに要領悪いところとか、女子の目を見て話せないとことか」

「それって魅力なのかな……」

「あははっ、女子はチャラい男よりそういう人の方が好きですよ」

「そ、それならいいけど」


 ちなみに文芸部の活動は読書。

 本を読んで読んで読みまくる。

 基本的には以上である。


 もちろんその成果を発表する場というか、文化祭では読んだ本の紹介をまとめた文集を作成販売したり定期的に図書室の本の入れ替えをしたりと、それなりに仕事はあるわけだけど。


 活動レポートなるものを書くほどでもなく、日葵に手伝ってもらいながらようやくそれが仕上がった次第である。


「よし、それじゃこの原稿を先生に提出しておいてくれるか? 俺、そろそろ」

「わかってますよ。もう時間ですからね。早く行ってください」

「すまん、助かる。今度飯でも奢るよ」

「わーい、それじゃ楽しみにしてますね」


 部室のパソコンから作ったレポートを印刷し、それを日葵に託すと荷物を持って部室を飛び出す。

 正門前で意中の女の子が待っていると思うと、胸の高鳴りがおさまらない。


 とくんとくんと心臓が動く度に体温が上がっていくようなふわふわした感覚のまま扉を開けると、後ろから日葵が「いってらっしゃい」と。


 本当にいい後輩に恵まれたなと少し顔をほころばせながら俺は廊下を駆けて行った。



「ごめん清水さん、待った?」

「あ、城崎くん。ううん、私も今来たとこだから」


 人がまばらになった校庭の先にある正門で物静かに佇む女の子に声をかける。

 今日、俺がデートする子だ。

 清水百花しみずももかさん。

 学年のマドンナ的存在で、ゆるふわパーマがよく似合う少したれ目な実に女の子らしい顔立ちの子。

 すらっとスタイルがよく、それでいて美人というよりは可愛いと表現した方がしっくりくるような癒し系。

 瑞々しく厚めの唇が男心をくすぐる色香を放つ。


 同級生だがクラスは違う。

 だからそれらしい接点もなかったのだけど、俺は入学当初からひそかに彼女のことが気になっていた。

 ただ、文芸部なんてマイナーな部活に所属するモブな俺にそんな上位カーストの女子と仲良くなる機会なんてないまま。

 一年が過ぎて二年生に昇級したこの春に転機があった。


 それは日葵が文芸部にやってきたことだ。

 それまで女子とろくに話したことがなかった俺だけど、ぐいぐい向こうから話してくれる日葵に引っ張られるように話を重ねていくうちに女子との接し方が少しずつわかってきて。

 加えて日葵から声をかけるタイミングや、その時何を話したらいいかもアドバイスいただき、ゴールデンウィーク明けに初めて清水さんに声をかけることに成功。

 そして会えば挨拶する仲になり、時々立ち話なんかもできるようになって、六月に入ったこの時期にようやくデートに誘うことができたってわけ。

 

 あんな高嶺の花とこうして二人でお出かけができるなんて、ほんと奇跡以外の何ものでもない。

 どう転んだとしても、日葵には何かご馳走してやらないとだな。


「じゃあいこっか。商店街に美味しいお好み焼き屋があるんだよ」

「えーほんと? 私粉もの大好きだから嬉しいなあ」


 彼女の好みに合わせた店選びも、もちろん偶然ではない。

 日葵が情報を集めてくれて、清水さんの好きな食べ物も事前に知ることができた。

 それに日葵からのアドバイスでは「かしこまったお店より安くてフランクなところの方がいいですよ」と。

 高校生なんだし見栄を張る必要はないというその助言を俺は忠実に守ることにした。

 そしてこの結果だ。見事清水さんは喜んでくれている。

 ううむ、持つべきものは頼れる後輩だな。

 ほんと、日葵になんて御礼したらいいんだか。


「ねえ清水さん、今日部活は大丈夫だった?」

「うん、大会前だから終わるの早くて。でも私が試合出るわけじゃないから関係ないんだけどね」


 清水さんは陸上部所属。

 短距離種目をやってるそうだけど陸上競技に詳しくないのでその辺は彼女から話を聞いても「へえー」と相槌を打つ程度で。

 

 他愛もない会話をしながらやがて店に着く。

 『お好み焼き しまだ』と看板が掲げられた少し古びた店だ。

 中はカウンターとテーブル二つだけ狭い作りで、作務衣を着た大将っぽい人が一人でお好み焼きを焼いている。


「わーいい匂い」


 お店には失礼だが、初デートでこんな古びた場所ってのもどうなのかと。

 入店した瞬間はそう思ったけど清水さんが嬉しそうにしているのを見て、やっぱりここでよかったと。

 ホッとしながらカウンターに並んで座る。

 こうして横に彼女がいるとまるで恋人みたいだなあとか、そんな童貞妄想が沸いてくるのを必死に抑えながらメニューを見せる。


「おすすめにしてみよっか」

「うん、任せるよ」

「じゃあおすすめ二つで」


 注文をすると、カウンターの中のおじさんが手際よく目の前で生地を広げてくれて。

 香ばしい匂いにワクワクしながら俺も清水さんもその焼き具合に気をとられて口数が減っていく。

 そしてひっくり返されたお好み焼きがじゅーっと音を立てた時に「わあ」っと互いに声が出て。

 思わず笑ってしまった時に俺は思った。


 めっちゃいい感じやん、と。

 思わず関西弁になるくらいいい雰囲気である。

 女子と遊んだ経験なんて皆無な俺でもさすがにわかる。

 これはうまく事が運んでいると。


「焼けましたんで、ヘラでそのまま食べてください」


 店の人にそう言われて、取り皿を片手にヘラで切り分けたお好み焼きを一口。

 アツアツでなかなかうまく食べれずもたもたしていると、横で清水さんが「これ美味しい」と目を輝かせる。


「城崎くん、すっごくおいしいよこれ」

「ほんと? うん、よかったよ喜んでもらえて」

「私、ここ通っちゃおうかなあ。ふふっ、ほんとおいしい」


 熱そうにしながらも目尻を下げてお好み焼きを頬張る清水さんの横顔を見ながら、俺は自らの中にある恋心が燃え盛るのを自覚する。


 やっぱり可愛い。

 もちろんそんなことは俺が言うまでもないことだが、清水さんの笑顔を見ているだけでこんなに体が熱くなって心がふわふわするのだから、俺は彼女のことが本当に好きなんだろうと。


 そして、彼女と両想いになれて毎日こうやって一緒にいられたらなんと幸せなことかと。

 淡い恋心だった気持ちがどんどんと膨らんでいくのがわかる。

 今日は彼女と仲良くなることが目的だったのだけど、もう気持ちが抑えられなくなってくる。


「ふう、ごちそうさま。おいしかったあ」

「うん、おなかいっぱいだ。じゃあ会計しよっか」


 ただの友達だから割り勘で、なんてかっこ悪いことはしないでくださいねとも日葵に言われていたので、しっかりここは俺が奢る。

 それに対して何度も申し訳なさそうにしている清水さんだったけどスマートに「俺が誘ったから」とだけ。

 実際は目がまわりそうなくらい心臓がドクドクしているのだけど悟られないように冷静を装って。

 

 店を出る。


「ご馳走様。ほんとありがとね城崎くん」

「いやいや、こんなのでよかったらいつでも。こっちこそ今日は楽しかったよ」

「うん。もう暗くなっちゃったね」

「じゃあ家まで送るよ」


 商店街を出ると、辺りは薄暗くなっていて。

 清水さんの家はここから近いということだったけど、しっかり家まで送り届けるのが俺の役目であると勝手な使命感にかられて彼女を家まで送る。


 道中はお好み焼きの話ばかり。

 でも、嬉しそうに話す彼女を見ていると俺も自然に笑顔になっていて。

 そして、


「あ、ここでいいよ。うち、そこだから」


 彼女の家に着いてしまった。

 楽しい時間はあっという間とはよく言ったものだ。

 俺は、今日は楽しかったよと言って家に向かう彼女を見て、気持ちがあふれ出す。


「し、清水さん!」


 思わず大きな声で呼び止めてしまい、彼女も驚いた様子で目を丸くしてこっちを見る。

 もしかしたら今じゃないのかも。

 もっといいタイミングがあるんじゃないかとも思ったりしたが、もう後に引けない。


 俺は。


 城崎誠也しろさきせいやは人生で初めて。


 好きな子に告白をする。



 先輩、どうやら楽しくデートできたみたいですね。

 ふふっ、可愛い後輩ちゃんはそんな先輩の様子もしっかり見守ってますよ。


 先生に資料を提出した後、私はゆっくり商店街に向かって。

 店の外から二人の様子をじいっと観察。

 会話は聞こえないけど、和気あいあいとした様子が伝わってきた。


 いい感じだと、はたから見てもそう思う。

 ほんと、いい感じだなあって《見えてしまう》。


 私の忠告通り彼女の分も会計する先輩を見ていると、ほんと従順で可愛い人だなあって。

 それに店を出た後もちゃんと彼女を家まで送るその気遣い。素敵ですよ先輩。


 もう、ここまでいい感じだったらきっと先輩のことですから気持ちがおさまらないでしょ。

 告白、しちゃうでしょ。

 そんなことも織り込み済みです。


 清水さんを呼びとめた先輩を電信柱の陰から見守る私も、ちょっとだけ緊張してきちゃった。


 ちゃんと先輩が告白するかって。 


「清水さん、俺……君のことが好きだ」


 あ、ちゃんと言えた。先輩えらーい。

 とっても男らしくて素敵な告白だと思いますよ。

 

 でもね。

 

 その告白は届かないって、私は知ってる。


「……ごめんなさい。私……好きな人がいるの……」

「え……」


 清水さんには意中の人がいるのを知ってるから。

 先輩がフラれるだろうって、知ってました。

 それだけを、期待してた。


 どうして私がせんぱいに協力的だったか知ってますか?

 いつまでも叶わぬ恋に溺れられていると私の入る隙がないからです。

 早く目を覚ましてほしいからって、気づいてました? あはは、気づくわけないか。


「そ、そんな……じゃあ、どうして今日は」

「城崎君はいい人そうだったから……。で、でもそういうのとは違うというか……ご、ごめんなさい!」

「あっ、待って」


 申し訳なさそうに家に駆けこんでいく清水さんと、何もできずに立ちすくむ先輩。

 

 ああ、可哀そうな先輩。

 勇気をもって初めて告白したのに、こんな結末が待ってるなんて、さぞショックでしょうね。


 でも。

 でもですね。


 先輩には、もっともっとふさわしい女の子がいますよ。


 先輩のことだけを考えて。

 先輩の言うことならなんでも聞いてあげられて。

 先輩にだけ尽くす、一途な後輩がここにいますよ。


 先輩に好きな人がいるって聞いた時にはショックだったけど。

 でも、無事にフラれてくれて本当によかったです。 

 傷ついた心はすぐに私が癒してあげますから。

 今は少しだけ、感傷に浸っててください。


 可愛くて一途な後輩を、すぐにお届けに参りますからね。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る