第154話

「貴様ら、自分の机に戻れ、本時の授業を始めるぞ」

「「「はーい!!」」」


 元気よく応えた修道院の子供達が席に戻れば、時々によって学習会の参加人数が異なるようで、事前の目算にたがわず二名分の空席が残る。


 楚々と俺の隣に寄ってきた助手役のフィアは良いにしても、ウルリカが手持ち無沙汰となるため、そこに座らせて予備の羽筆と麻紙を与えた。


「勉強大事、もっとご主人の役に立つ」

程々ほどほどに期待しておこう」


 苦笑交じりに黒髪から獣耳ののぞく頭を撫でて、元々の位置まで立ち返る道すがら、これより学ぶ内容の本旨ほんしを皆に告げる。


「既に知識を得ていたなら、単なる復習になってしまうが、基礎的な幾何きか学をやろうと思う。垂直、並行、角などは理解できるか?」


「ん~、あんまり好きじゃないけど……」

「どんとこい、得意♪」


 最前列にいた二人の子らに聞くと対照的な反応を見せるものの、割と重要事項なので数ヶ月前に正方形や長方形の諸々もろもろあわせて、初老の司祭から指導されたらしい。


 詳細を知るべく別の子供に聞くと、まだ平行四辺形の面積については教えられておらず、この時間にける妥当だとうなテーマが決まった。


「まぁ、結論を言うと “底辺” と “高さ” の積が答えになる訳だが、百聞は一見にしかかず、其々それぞれに好きな平行四辺形を書いてみろ」


 ざっくりとした指示を与えると、修道院の女児らが羽筆を麻紙に走らせて、先達せんだつのフィアに見守られながら図形を描き上げていく。


 さらに仕上がり次第、順番にまわした複数のはさみを使って、綺麗に切り抜く作業が終わるまで数分ほど待った。


 そうして皆の手元にできた平面図の一角より、底辺もしくは上辺に垂直な線を引かせて、平行四辺形を “三角形と台形” に切り分けさせる。


 最後に二つの図形を上手く組みわせてやれば……


「あっ、長方形!」「こっちも同じになった!!」

「えっと… 綺麗にととのったから、面積は底辺と高さの積?」


 視覚的認知を得た子供達が感嘆の声など漏らして、個々の思索を深める狙い通りの姿に口端が緩み、思わずほくそ笑んでしまう。


「理解が早いのは歓迎だな、将来に望みが持てる」


「ふふっ、自慢の義妹達シスターズなのですよぅ♪」

むしろ、ご主人の教え方がき、さすごしゅ……」


 狭い範囲に机を寄せ並べているため、上機嫌で妹分を褒めちぎるフィアの言葉や、何故か誇らしげなウルリカの世迷言も聞こえてくるが、構わずに放置して論理的な解法かいほうの証明へ進む。


 先ずは黒板に木製の教師用定規で右傾きの平行四辺形を書き、右上の頂点より降ろした垂線と底辺の延長線を繋げて、直角の部分がある三角形を作った。


 続けて、左上の頂点からも下に垂線を引き、もう一つ同種の三角形を内包させる。


 永遠にまじわらない線の間に書き足した垂線及び、平行四辺形の向かい合う辺の長さは同じなので、二つの図形は “斜辺と他の一辺が等しい” 状態であり、“直角三角形の合同条件” を満たしていた。


「このように平行四辺形は漏れなく、切り貼りすれば “対角の和が180度となる図形、つまり四角形” に置き換えられる。従って、面積の求め方にも差異はない訳だ」


 必要な事項を押さえて丁寧に説明すると、人狼娘を含めた女児らが素直に頷くも… 本当に理解できているか、フィアと手分けして複数人に問い掛ける。


 その返答を加味して、まだめられると判断した俺は黒板の片隅に四角形を書き、一本の対角線を引くことで必ず “合同な三角形” に二分割できることから、底辺と高さの積を “半分” にしたものが三角形の面積だと教えて締めくくった。

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