「善は急げ、か……」

　お菓子好きな母フローディアの推しで、金貸しの系譜（けいふ）である領主家（うち）より融資を受けた焼き菓子の専門店、“女王蜂の巣（レジナアプスニードゥス）” は独立都市イルファに進出することを計画しており、有望な商品があるに越したことはない。

　経営に失敗されても貸付金と未払い利息が返ってこないし、リィナとフィアが姉の一人と慕う元修道女（シスター）の店主に身売りさせるのも気まずいため、多少の手間を厭（いと）わずに某女史の下へ向かう。

　因（ちな）みに考古学関連の教授方が巣食っている区画とは疎遠（そえん）であり、あてどなく棟内（とうない）の上下階を彷徨（さまよ）った末、漸（ようや）く俺は目当ての室名プレートを見つけた。

　慎重を期してもう一度だけ、金属板の下部に彫（ほ）られているヴァネッサ・ディアベリの文字を確かめた上、植物系の油による混合塗料（ニス）で表面仕上げされた扉を続けて三回叩けば、“取り込み中です、出直してください” と声が響いてくる。

「何処（どこ）ぞの錬金術師から、用事があると聞いたんだが？」

「…… ウェルゼリア卿の嫡男、ジェオ・クライスト？」

「あぁ、相違（そうい）ない」

　疑問に疑問で返されて答えると、軽い足音の後にドアノブが廻（まわ）り、いつぞやの公開講義で睨まれたこともある淑女（レディ）が現れて、やはり雑多な研究室に入れてくれた。

　身体の稜線（りょうせん）が強調されるタイトな上着や、丈（たけ）の短めなスカート、ストッキングを黒系統の色で揃（そろ）え、白衣など羽織（はお）った彼女は発掘機械が散見される室内を歩き、窓際（まどぎわ）の執務机まで進むと読み掛けの本を書棚へ仕舞う。

「余り忙しそうな状況に見えないな」

「嘘も方便と言うでしょう？読書を優先したい気分だったの」

　悪戯（いたずら）っぽい微笑を挟み、机上に持ち出されたのは… 精巧かつ複雑な機構を有する模型であり、内部の絡繰（からく）りが理解し易（やす）いように大半は硝子（ガラス）部品で作られていた。

　十中八九、これが呼ばれた件の本題に関わるのだろう。ただ、どのような用途に使われるものか、その形状で類推（るいすい）するのは非常に難しい。

「“論より証拠” の逆で現物を見ても分からない、これは？」

「先史文明期にLNGガスや石油を喰い潰された地球で唯一、現生人類（マナテリア）が手を伸ばせる機械的な動力装置のミニチュア、蒸気を扱う外燃機関の模型よ」

　もう手軽に掘れる地層では、内燃機関に用いるような資源は殆（ほとん）ど残ってないと持論を述べ、謎の知識をひけらかした女史が続ける。

　魔法という技術体系があるため、不確定な要素はあるものの、現状に於（お）ける人々は “蒸気機関” とやらを洗練、発展させて独自の文明を築く可能性が高いと。

「まるで旧時代、第一次産業革命の頃に流行ったスチームパンクの世界かな？」

「話の理解が追いつかない、独白したいだけなら帰るぞ」

「ぐっ、この捻（ひね）くれた反応… やっぱり、あいつの弟子ね」

「ということは、貴女も “討ち手” の部類か？」

　現生人類（マナテリア）などと、我が師以外から聞いた覚えのない言葉もあり、機械だらけの研究室へ引き籠（こも）る考古学の徒（と）に問えば、一瞬だけ面喰（めんくら）った彼女は首振りで否定した。

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