第138話

「降誕祭の定番、猪です♪」

「帰りの途中で小川を見つけたから、さばいて分け済み」


 今でこそ双剣や発掘品の自動式拳銃オートマチックを振るうが、元々は軽量な短剣二本を扱っていたリィナの役まわりに獲物の解体があり、数々の経験に裏打ちされた技術力は高い。


 確かめずとも、筋肉の筋目等に沿った芸の細かい処理が施され、ほどよく加工された猪肉に仕上がっているはずだ。


 丁度、都合が良いので口ひもを解いた麻袋より、彼女に美味しいとされる部位を厳選してもらい、手持ちの袋へ放り込む。


「公爵様の取り分、だよね?」

「あぁ、狩猟許可を頂いた以上、御礼の手土産は必要だろう」


 基本的に肉類の保存はかず、適宜てきぎに家畜を殺すか、領有地の森で調達するしかない貴重品だという現実をかんがみれば、寄り親の厚意には感謝してしかるべきだ。


 下手に礼節をき、噂好きな貴族連中の耳に入って、クライスト家が恩知らずのそしりを受けるようなリスクは避けたい。


(俺だけでなく、身内にも関わってくることだからな)


 港湾都市ハザルで領地運営にいそしむ父や、焼き菓子専門店 “女王蜂の巣レジナアプス ニードゥス” へ通う母娘を意識の片隅かたすみに想い浮かべていると、新たな麻袋が差し出される。


「ジェオ君、ひとつ相談なのですが……」

「熊肉なら構わない、予想の範疇はんちゅうだからな」


 皆まで言うなとさえぎって、自ら運んできた麻袋の中をあさり、聖マリア教会に届ける寄進きしん分を選別していく。


 その際に露わとなったサケ科魚類を眺め、大熊と出遭であった瞬間など連想したのか、微妙な表情で硬直するフィアをうながして、幾つかの肉塊をめ替えた。


 さらに勢いの衰えていた焚火を雪で消し、土橇つちぞり手綱たづなを握ると、もう一台のき手をになう司祭の娘より、小さな溜息が聞こえてくる。


「うぅ、段々と力仕事が板に付いてきます、言われずとも足が荷物へ向かうほどに」

「私は斥候だし、身体強化の術式が使えないウルリカに任せるのもね」


「むぅ、ご主人が望むならやる」

「無駄に気をつかわなくていい、適材適所というやつだ」 


 ふんすと息巻く人狼娘の頭をポフって、細長い鉄板で蹄鉄ていてつのように接地部が補強されたそりの重みを感じつつ、わずかでも滑りやすい街道脇の草地を進み出す。


 ちなみに王都の市街地は石畳でおおわれており、門前からは麻袋をかつぐことになるが、ねぐらのある製紙工場が外壁と近いために距離自体は短い。


 空橇からぞりに関しては石材に与える損傷が少なく、手隙てすきなリィナ達にいてもらっても、警邏けいらの官憲にとがめられることはないだろう。


 自宅に着いて一息入れたら、旧世界にもいた “善き聖者サンタクロース” のごとく獲物の肉持参で、公爵家や教会にうかがう用事が残っていると思えば、結構な重労働の日であると言えた。


「相当にうまいものを喰わないと、釣り合いが取れないな……」

「ふふっ、期待して良いですよ、修道院仕込みの腕を見せてあげます♪」


「フィアの料理、美味しい。しかも、熊肉と猪肉ある」

おおむね同意だけどさ、涎が垂れてるよ」


 何処どこからともなく取り出した半手拭ハンカチあてがい、世話焼きな一面を持つ半人造の少女ハーフホムンクルスが歩きながらも、手際よく妹分の口元をぬぐう。そんな光景を視界に収めて、近しい皆が幸せそうで何よりと密かに微笑んだ。


 少し付け加えておくと、聖夜の夕餉ゆうげで食卓へ並んだ猪肉のワイン煮込み、熊肉の香草焼きは絶品だったものの… 貴重な 塩を惜しまずに使った赤身魚トラウトの焼き物が想像以上に某島国でいう鮭であり、すべてを持っていったのは心に留めておこう。

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