第136話

 何やら、背後からただよってくる消沈した空気に苦笑しつつ、半人造の少女ハーフホムンクルスが話題に出てきた別行動中の人狼娘や、黒髪緋眼の想い人を脳裏によぎらせていた同時刻……


 寒さに負けず、意気軒高けんこうな一匹の黒狼こくろうに導かれた当人も、身内での降誕祭に捧げる獲物を求め、道なき道を突き進んでいた。


「…… すまないが、もっと人の通れそうな場所はないのか?」

『ご主人、我慢する。きっと近い、匂いが濃くなってる』


 先祖返りした血統種にしか許されない、完全な “獣形態” のウルリカが器用に四つ肢を動かして振り向き、緻密な刻印がほどこされた魔法銀ミスリル製プレート付き首輪の念話機能を使って、“がぅがう” と俺に叱責を飛ばす。


 人の姿から黒毛の狼へ転じる際、脱ぎ散らかしたメイド服や下着など荷台に載せた土橇つちぞり手綱たづなを握り、天然の障害物を避けて後追いするこちらの身にもなって欲しい。


(悪路の踏破とうは力ではかなわないな)


 本来、霊長を名乗る猿に過ぎない人間も森林性の動物であり、様々な土地まで進出した歴史上の実績を加味すれば相当なものの、特異な状況でない限りはイヌ科の種族におよばないようだ。


 例え、そんな事実があろうと地形的に活躍できる森へ訪れて、やる気満々な年下に水を差すのは躊躇ためらわれるため、引き離されないよう脚力強化の術式を深める。


 厚手の防寒着にこまかな木枝の引っき傷を作りつつ、なおも数分ほど足を動かしていれば、ぴたりと静止した黒狼こくろうが耳を立てて、周囲の音を拾い始めた。


『水の音する、獲物が川辺で暴れてる?』

「まぁ、“百聞は一見にしかかず” だ」


 小首をかしげた獣姿のウルリカに答え、慎重な足取りで風下より水場に向かうと… そこにいたのは川に戻ってきた降海型のサケ科魚類、サーモンの近縁きんえん種にあたるトラウトを噛み殺したばかりで、口元から鮮血をしたたらせる巨大な熊だった。


『むぅ… なんか、思ってたのと違う』

「狩られるよりも、狩る側だな」


「ヴォオァアアァ――ッ!!」


 ぼとりと咥えた魚を捨てて、えると同時に立ち上がった体高3m前後の猛獣に腰が引け、じりじりと尻尾を丸めた黒毛の狼が後退あとずさってくる。


 されどもあるじを背にかばうような位置で留まり、飢えた猛獣を刺激しないような小声で、申し訳程度に “がぅ” とだけえた。


「若干、へたれな性格もいと感じてしまうのは日和ひよったゆえか」


 誰にでも分けへだてなく熾烈しれつな師にならい、スパルタ式の鍛錬をウルリカにも受けてもらおうと考えるかたわら、極限まで掌中へ圧縮させた根源たる力にて次元の壁を穿うがつ。


 世界に開いた小穴の先でも出口をこしらえ、二つの空間座標を繋げた上で火属性の魔法 “紅蓮花” を撃ち放てば、涎をき散らして迫る大熊の鼻先で爆炎が生じた。


「グォオッ!?」


 両目を焼かれて急制動する標的目掛け、二連の “領域爆破” を心臓付近に喰らわせると、つんのめった体勢を衝撃で押さえ込まれながら、ぐらりと地面にくずおれていく。


『……………… ご主人、容赦ない』

無為むいに苦しませるのも、どうかと思うぞ」


 やや引き気味な黒狼こくろうに言い含め、狙い通りに獲物が即死したのを確かめる。


 続けて腰元の鞘からハンティングナイフを抜き、動脈の通っている複数箇所を裂いた上、流水にさらして肉の鮮度を保つための血抜きも済ませた。

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