第111話 ~ 逢魔が時の怪異③ ~

「えっと…これで事件解決なの、ダーリン?」


「いや、あれは広範に渡ってマナを収奪するための働き蜂、もとい働き蝙蝠だろう。本腰を入れて数日しかってないのに上手くはいかないさ」


 残念なことに蕃神ばんしんの眷属なので支配権を奪い、呪いの元凶を辿るのは不可能に近いとうそぶいて小さく唸った双頭の猟犬オルトロスや、使役者たるランベイル家の令嬢を一瞥いちべつした後、某嫡男は早々にきびすを返して歩き出す。


 その淡白な対応に疑義があるらしく、瞬歩で追いすがった司祭の娘が服すそを掴み、去り行く自身の主君を引き留めた。


「怪我人がいます、地母神派の末席として捨て置けません」


「…… 構わないが、手短にな」

「ん~、晩御飯の買い出しもあるからね」


 荒事の場にそぐわない微笑を浮かべた幼馴染の少女に呆れつつ、聖槍の穂先を降ろした司祭の娘は振り向いて、りを眺めていた一同に楚々と歩み寄る。


 どう声を掛けるべきか、考えあぐねた第一王子のルベルトと勝気な猫虎人、セリアは無言のまま仲間への道を譲った。


「では、処置に当たらせてもらいますね」

「すまない、よろしく頼む “槍の乙女” 殿」


 治療行為とはえども、抜かりなく立場ある者の同意を得た上、左掌に暖かい魔力光をともして、先ずは単純な負傷だけの聖堂騎士をいやす。


 事前の応急手当もあり、しばらくすると回復薬ポーションの薬液にまみれた青年が小さく片掌を挙げ、もう大丈夫だという仕草しぐさを見せた。


「くッ、地母神派に情けないところを見せてしまったな、此処ここまで回復すれば自前でいやせる。そっちの獣人… セリカを看てやってくれないか?」


うけたまわりました、普公派の騎士殿」


 二つ返事を返した司祭の娘はひざまずき、意識がない相手の心臓へ左掌を添え、心配そうに尻尾を揺らせる姉に見守られながら、身体の内側を探っていく。


「…… マナ欠乏症、昏睡事件の被害者と同じです」

「ッ、誰か知らないけれど、やってくれたわね」


 もはや猫をかぶる余裕がないようで、浅く綺麗な爪を齧ったセリアがいきどおり、絶対に妹の落とし前は付けさせると啖呵を切った。


 一方、猛寧な後輩の本性が垣間見えて、“あぁ、また虎が出てきた” と片頬を引きらせたまとめ役の公子は、近場まで来ていた黒髪緋眼の少年と向き合う。


「助勢に感謝する。確か、父君が宰相派の……」

「人違いだな、俺は “ただの紙売り” に過ぎない」


 王城のしがらみに巻き込むなといった風体でとぼけ、グラシア紙幣の導入にかかる財務の調整官であるにもかかわらず、自身を商人と強弁する某嫡男の意図などみ、第一王子の彼も正式な名乗りを避ける。


 従って、貴族子弟の位置づけになった優男は気安い態度を取り、跡目争いでの実績を確保するため、追っかけている事件の情報交換を試みるが、取り付く島もない。


 ちなみに幾つかの言葉を交わす間も、猫娘のセリカを目覚めさせようと聖職者ら二人によるマナの移譲は行われており、なんとか薄目を開けさせることに成功していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る