「初めまして、コルテーゼ商会のセルジと申します」

「うげっ、うちの商売敵（がたき）じゃないか」

「もし海産物を扱っているなら、何処（どこ）かで競合があったのかもしれませんね。困った時は助け合いの精神が肝要、過去の遺恨は忘れて前向きにいきましょう、皆様方」

　さらりと棘のある言葉を受け流して、兌換（だかん）紙幣の現物を見せながら、それを用（もち）いた取引の概要など説（と）き始める貿易商の長男、その積極的な姿に僅（わず）かな違和感を覚える。

　道すがら地元の製紙工場で金庫番を担（にな）う弟につき、所有者（オーナー）の領主嫡男に心酔しすぎだと愚痴っていたものの… 木乃伊（ミイラ）取りが何とやら、本人も毒されているようだ。

(さもありなん、活動資金の管理絡（がら）みで支援団に引っ張られて、頻繁（ひんぱん）にダーリンと顔を突き合わせた影響かな？)

　険悪な雰囲気も今は昔、お互いの経済観が似通（にかよ）っていたのか、首尾よく懐柔されて手駒に組み込まれているのが地味に恐ろしい。

　まぁ、野暮なことは言わぬが花なので思考を切り替え、私も伝染病で途絶えた交易を再開させるための遣（や）り取りに傾注（けいちゅう）する。

　二十分ほど経（た）つと話題は取引の手法に差し掛かり、個々の店舗を直接相手にするのではなく、現地の商会経由で一括的に注文を請（う）けると告げられた直後、幾つか反発の声が沸いた。

「今の状況で利鞘（りざや）を稼（かせ）がれて、高く買わされるのは御免（ごめん）だ！」

「もう、一杯一杯なんだよ、本当に……」

「生活苦で元銭（もとぜに）を切り崩した奴もいるんだぞ！！」

　このままでは仕事の存続が危（あや）ぶまれるという職人らの訴えを受け、やんわりと手で押し留める仕草（しぐさ）を取ったセルジ氏は、安心させるような態度で言葉を添える。

「我々は支える側なので、利幅を設（もう）けることはありません。グラシア王国からの輸入品が高値になる場合、すべての責任はイルファの商人達にあります」

　“貴様ら、伝染病の災禍に乗じて儲（もう）けを貪（むさぼ）るなよ” と言外に滲（にじ）ませて、彼は居並ぶ他都市の同業者らに微笑みかけ、露骨な睨みを利（き）かせていく。

　評議会に名を連（つら）ねる商業組合（ギルド）の長（おさ）は当然だと嘯（うそぶ）くが、背後で数名の者達が俯（うつむ）くなり、視線を逸（そ）らすなりしていた。

(ふふっ、捨て切れない浅ましさとか、人間らしくて良いわね）

　恐らく為政者（いせいしゃ）として適正な価格を維持させる立場の想い人も、欲望に忠実な “霊長を名乗る猿” の在（あ）り方を否定はしないだろう。

　偶（たま）に幼馴染のフィアが夢想する聖人君主など面白味に欠けるし、無欲な馬鹿に人の心が理解できるとは思えない。

　まかり間違って、そっちにダーリンが傾（かたむ）きかけたら、この身体で俗物に引き戻してやろうと口端を吊り上げる。

　そんなことを考えている間に通り一遍（いっぺん）の話は終わったようで、こちらに貿易商の長男が視線を投げてきた。

　呼応する形で矢面（やおもて）に立ち、主に職人組合（ギルド）の親方達へ向けて語り掛ける。

「交易に関する説明は以上になります、何か質問はありませんか？特に無ければ、ひとつお願いがあるのですけど……」

　意図的に可愛らしい困り顔など作りつつ、見目麗しい？少女の外見も活（い）かして、私は幅広い伝手（つて）がありそうな者達に狙いを定めた。

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