第7話

 猶もめげずに鍛錬をこなしていると、実地鍛錬だとのたまったサイアスに首根っこを掴まれ、潮風が吹き抜ける市街地へ連れ出されてしまう。


 上機嫌な様子を見る限り、またろくでも無いことを企んでいると思しい。抵抗しても無意味なのは性格からして明白なので、俺は不機嫌な三白眼になりつつも好きにさせる事とした。


 それでも何をするかぐらいは聞いておくべきと考え直し、への字に曲げていた口をゆるりと開く。


「…… 実地鍛錬の詳細な説明を希望する」


「お前、まだ一定以上の大きさの動物とかあやめた事ないだろ? 魔獣の相手をさせてやろうと思ってな。勿論、不要な殺生は好まないから、たおした後は美味しく頂くぞ」


 さて、何を狩ろうかと舌なめずりする我が師に連行され、港街を出て北西に一刻ほど進むと、荒事を請け負う冒険者達も出入りする森林へ差し掛かった。


 ちなみに厚手の外套や革のブーツなど必要最低限の準備はさせられていたが、弓を担いだ師と違って丸腰なのが心許ないため、そっと右手を差し出す。


「ん、こんな場所で握手か? 奇特な奴だな」

「いや、武器を寄越せ。俺に獲物を仕留めさせるんじゃないのか」


「“領域爆破” の魔法でやれば良いだろ。私が持っている弓も気分的なものだ。当然ながら、百発百中とうそぶける程度にはたしなんでいるがな」


 得意げに自慢するサイアスの出自や来歴は依然不明なものの、卓越した戦闘技能をかんがみれば噓では無いと思われる。


 それはさておき、手を引っ込めることなくジト目で訴えていると、軽く内側に刃金はがねの曲がったハンティングナイフを渡された。


 数度、白刃を振るって手に馴染ませてから、こちらを放置して歩き出した師に続き、森の奥に踏み入っていく。


 葉擦れの音や匂いから動物に接近を悟られないよう、自分達の位置取りを風下にして進んでいれば… 不意に抑え気味の声量で話し掛けられる。


「事前に言っておくが、獲物を殺すのに最も必要なのは殺意だ。殺すという明確な意思であって、道具や技量の問題じゃない。そこをき違えてえさせるなよ」


「あぁ、心得ている。理屈の上ではな」


 輪廻の際に幾つもの魂と交わり、その生き様を強制的に経験させられて、時には老若男女問わず、命乞いする者まで容赦なく斬り捨ててきたが、どれも自身の意思による行動ではない。


 皇位簒奪に失敗した前世でも、乱戦の中で必死に刃は振るえど弱すぎて誰もたおせず、手に掛けたのは死を選択した自分自身だけ。


(冷静に省みると、あの世に逃げるのは短絡的で浮薄ふはくな行動だった。認めたくないものだな、若さゆえの過ちとは……)


 今の方が当時より若いのを棚に上げ、手頃な獲物を探し歩くサイアスに従っていると、何やら軽く片手を掲げて “立ち止まれ” のハンドサインを送ってきた。


 手頃な獲物を見つけたのかと思って近づけば、何やら口端を釣り上げて無言のままわらっている。その姿に面倒事を察して人知れず重い溜息が零れた。

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