第3話

 ある休日、扇風機に当たりながらごろごろ寝そべってタブレットを操作していた私は、怪しいサイトの閲覧履歴が残されていることに気付いた。がばっと起き上がることもせず、だらだら寝転がったままそれを眺める。どれもこれも、身に覚えがない。一体誰が。ウイルスか。外部から操作されたのか。


 そんなはずはない。私は傍らの毛むくじゃらに声を掛けた。


「おい、メニョ子。また何か注文したか。」

「…」


我が家の飼いネコ、メニョは新聞の上にとぐろを巻いたまま動かない。身の丈4尺なので丸まっても新聞からはみ出ているが、気にしない。なおその新聞は、先刻私が読もうと思って広げたものである。ネコというものは、ヒトが新聞を読もうとするとその上に乗って邪魔をせねばならないという使命感を抱いている。


 私はタブレットに視線を戻した。何を買ったんだ。


「綿百%ぱんつ…靴下…どういうことだ、メニョ子。」

「…」


メニョは新聞をじっくり読んでいるのか、うとうとしているのか、よく分からない半眼のまま答えない。しっぽだけがぱたぱた動いているが、何を言いたいのか分からん。もしかしたら、その下敷きになっているプーチン氏に何かモノ申したいのかもしれない。


 しょうがないので、私は起きて箪笥の前に立った。試しに、ぱんつを一枚出してみる。穿くのに支障がない程度によれよれである。うむ。もう2,3枚出して、検分する。同じくよれよれである。しかも穴が開いているが、これはメニョが干すときに付いた爪痕であろう。気にする方がおかしい。


 靴下はどうだ。おっと、踵に穴が開きかけではないか。つま先が薄くなっていることは気になっていたが、踵には気が付かなかった。


 ふむ…。私は腕を組んで嘆息した。ぱんつはまだしも、靴下は確かに買い替え時である。


「おい、メニョ。気が利くのは良いけどさ、物買う時は一言言ってくれよ。」

「ぬーい」


言ったもん、と言っている気がする。


 言われたかもしれない。毎晩酒を飲んでメニョのもふ毛と戯れているので、確たる覚えがない。自信がない。


「分かった。綿ぱんつと靴下は良い。でも、この3Lサイズのミレーの落穂拾い柄のトランクスぱんつは要らないぞ。」

「にゃ?」


そこでようやくメニョは顔を上げた。ひくひくと髭をそよがせて、私が持つタブレットをのぞき込む。ぷにぷにの肉球で画面をタップし、スライドさせ、変な柄の巨大なトランクスぱんつが注文されていることを確認すると、メニョはしゅんとうなだれた。髭と耳が垂れている。


「ぬー…」

「間違えたのか。」

「うぬ、ん-んー」


メニョは右前足を上げて、私に肉球を見せた。普通のネコより、大きい。私の指先よりも大きい。つまり、細かいところをタップしにくい。


「ああ…意図せずしてタップしちゃったのか。肉球、でかいもんなあ。」


私はメニョの右前足を掴んで、ピンク色の肉球をぷにぷにと押した。大きいが、柔らかい。実に心地よい。むにむに。調子に乗って揉んでいると、メニョに振り払われた。迷惑そうにぶるぶる振らなくても良かろうに。


「まあ、トランクスぱんつは壁に飾っておこう。絵画の代わりになる。」


しょんぼりしているメニョの頭を撫でて、私は言った。落穂拾いの絵は嫌いじゃない。3Lのサイズだし、殺風景な我が家の良い色どりになるだろう。


 しかし、肉球サイズオーバーは由々しき問題である。というのも、今回が初めてではないからだ。以前は、画面の隅の方に勝手に出るエロ漫画サイト案内に触れてしまったらしく、帰宅した私がタブレットを開いた途端に破廉恥なイラストがでかでかと表示されていて、年甲斐もなく恥じらったものだった。恥じらうだけで済めばよいのだが、その後しばらく画面の隅の広告がエロ漫画系ばかりになってしまったのが不本意であった。ネコの胸?腹?は可愛いが、二次元の女性の不自然にでかい乳は可愛くない。


 私はそこまで思い起こして、メニョのもふ腹に顔を埋めた。すーんと吸うと、陽だまりの干し草のような、ちょっと甘くてちょっと香ばしい良い匂いがする。メニョは普通のネコより大きいから、私の顔を丸ごと埋めても余裕があるのが良い。もふもふ、両手で腹を揉む。とても良い。すごく良い。


 こうして私の休日はとっぷりふけていくのであった。

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