第54話 天のお妃様

 星の空から抜け出して、アンは空を眺めた。

 暗い星はまた見つかった。でも、それはこれまで訪ねた星のどれかかも知れない。

 もう、どちらがどちらの方角かもわからなくなった。

 涙がにじんできた。

 あのお星さまたちが言っていることは、それぞれ理がある。

 でも、けっきょくは、自分の命を使わせたくない、自分の命は自分一人のものとして守り続けたい、それだけではないのだろうか。

 けれども、それはそれで、何も責めるようなことではない。

 神様からいただいた命を守り続けるのが人間の役割なのだから。

 ここで羽ばたくのをやめれば、と、アンは思う。

 お嬢様の家庭教師のヴィクターさんの話では、流れ星というのは地球の外から飛びこんできた石が空気のなかを飛ぶことで燃えて光るものだという。

 だったら、アンがここから落ちれば、その体がここの空気で燃えて、光にならないだろうか?

 でも、たぶん、そんな光ではだめなのだ。

 では、どうすればいい?

 同じ場所にとどまるために羽ばたき続けながら、アンは空の高いところを眺めた。

 ふと、明るい星が三つ並んでいるのを見つけた。

 さがしているのは暗いお星さまだ。明るいお星さまではない。でも、その明るいお星さまの並びは強くアンの気を引いた。

 じっとその三つのお星さまのほうを見上げつづける。

 ここは地上とは違う。地上で果てのない天を望みつづけているのとは違う。けれども、それでも天上に望みをかければ願いがかなうのだろうか?

 ふと、その三つの星の向こうに、けだかい女の人の姿を見たように思った。

 それは、天のおきさき様だろうか?

 冷たい笑いを浮かべていた天のお妃様は、アンに親しげに笑いかけた。

 「あなたは望みを捨てずに空を探し続けましたね。さあ、ここをごらんなさい。あなたが探していたのは、このお星さまではありませんか?」

 お妃様は、そのすぐ近くで燃える暗い星を指差した。

 たしかに、それは、暗くて、しかもそのなかには強い光をたくわえているらしく見えた。それがちかちかと短く輝いて見える。

 「ええ。お妃様、ありがとうございます」

 アンは言って、その星へ向かって羽ばたき始めた。

 それは天のいちばん高いところだ。その星を見失わないように空を見上げながら、アンは翼で空気を掻き続ける。最初は、ついに探していた星を見つけたという思いで疲れを忘れていたが、すぐに翼にはだるさが戻って来る。なのに星は少しも近づかない。それどころか、遠ざかって行くようにすら感じる。

 アンは翼を休ませることは考えず、懸命に翼を動かした。すると、たくさんのお星さまはアンのまわりを下へと流れて行き、やっと、お妃様と、その指差す暗い星に近づくことができた。

 天のお妃様はその指先で暗い星を指差しつづけ、アンに向かって変わらず微笑みつづけている。

 お妃様の前を通り過ぎ、アンは、その暗い星に両手を伸ばした。

 お星さまはもうアンの胸のすぐ前だ。拡げた両手で、そのお星さまを抱き取るようにする。

 両手が何かに触れたと思った。

 そのとたんに、高い笑い声が響いた。

 「アン・ファークラッド! おまえはただの使用人の娘ではないの! それも、雇い主のお嬢様といっしょに屋敷を追い出され、明日は自分がどうなるかもわからない、そんな娘ではないの! それがほんとうにあの世界を救えるなんて思って? 思い上がりもいいかげんにしなさい!」

 あっ、と思った。

 翼に力が入らない!

 それどころか、翼の感覚がない!

 目の端で白い羽根が力なくはためいているのが見える。

 「あっ……あっ……ああっ……」

 翼が消えてなくなったよりも残酷だ。アンは翼に力をこめようとする。そのたびに、その思いが何もかもをすり抜けてしまう。

 落ちればその光で地上を照らせる、などという思いは、とうに消えている。

 度を超して大笑いする天のお妃様の意地悪な姿を見たのを最後に、アンは気を失った。

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