第40話 終熄

 「ほーら、そっち来た。それ! それそれ! いや。ほっといたらそれは消える。いまつついたらかえってはじけちゃうから、上に杖を軽くえて、そう……そうそう。よぉし」

 娘たちがやっているのは、底から上がって来る泡を、上まで浮かび上がる前に消すことらしかった。どうしても消えそうもない泡は、上に来る前に杖で突いて細かい泡に分けてしまう。

 でも、アンが見ていると、そのうちに大きい泡は見えなくなり、小さい泡があちこちに少しずつ上がってきているだけになってきた。

 娘たちも、あのオールのような杖は手に持ったまま、じっとその大釜の中を見ているだけになる。

 「よーし」

 石の上の女の子がいった。

 「今度のはだいたいこれで終熄しゅうそくだ。みんなよくやった!」

 下の娘たちは、きゃあっ、と歓声を上げる。杖を置いて、隣の娘と両手をたたき合い、反対側を向いて別の娘と手をたたき合う。

 みんなとても仲良しに見えた。

 学校というのが、もしかするとこんな雰囲気なのだろうか? お屋敷育ちのアンは学校に行ったことがないから、よくわからないけれど。

 「さて、わたしはちょっと上でアンと話をしてくるよ。油断しないでね。何かあったら、すぐにわたしを呼んで」

 「はーい」

 娘たちが声を揃える。石の台の上の女の子は、ぴょん、っと石の台から跳び下りた。

 身軽で、体がしなやかだ。

 ベリーズベリーの街にいれば、きっと小学校の模範生になれるだろう。

 その女の子は、金髪の長い髪を後ろにまとめて、その上から黒い頭巾のような布をかぶせていた。肩の後ろにもマントのようなものを着けている。服装は質素で、街の人たちに近い。背は、フローラよりは高いけれど、それでもやっぱり頭がアンの肩くらいだ。

 「来て」

 女の子がアンに言う。アンがついていこうとすると、さっき声をかけた娘が

「アン、あとでね」

と声をかけて手を振ってくれた。なんだか返事をしないのがわるいように思って、黙って手を振り返す。

 「行くよ」

 言って、女の子がアンの入ってきた扉に手をかけた。鍵もささないのに扉が開く。アンが続いて小走りに扉から出ると、また扉はひとりでに閉まった。

 外のほうがかえって暗く見える。

 いや、外は最初から夕暮れどきのようだったのだ。

 ここから御殿ごてんのなかに入ったときは、御殿のなかのほうが暗く見えた。ところが、その御殿のなかの光に慣れると、こんどは外が薄暗く見える。

 どういうことだろう?

 御殿の外に階段がついていて、女の子はそこを上って行く。アンもついて行った。

 階段を上ると、遠くに海が見え、海辺の街の一部分も見えた。

 城壁の外までアンについて来た人たちはどうしただろうか? もう帰ったか、それともアンの身を案じてまだ外にいるか? いずれにしても城壁が高くてそちら側は見えなかった。

 前を歩く女の子が振り向いた。

 「ここにはあの人たちは入れないんだ」

 アンが城壁の外を見ているのに気づいたのだろうか。女の子が足を止めて言う。

 「ここはさ、あの人たちが恐れる青い光がいっぱいだから。御殿を石の壁で閉ざして、その外にまたあんな高い城壁を造ってるのも、青い光が外に漏れないようにするためだから」

 つまらなさそうにそう説明する。

 ふとその女の子が老婆のように見えた。疲れ切って、杖をついて、懇願こんがんするようにアンを見上げているような。

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