憑き物殺しの祓い屋

青柳 翠月

一章 嘘憑きな依頼人

祓い屋

 或る青年が一人、血腥ちなまぐさい臭いが漂う部屋に居た。

「…これで、終わり…?」

《…〝主〟様》

「!…〝黒銀くろがね〟、そっちは平気だったか?」

 すう、っと音も無く青年の傍に現れたのは一人の少女。

 しかし、その姿は普通ではなかった。(音もなく現れるのですら普通ではない気はするが)

 黒銀と呼ばれた少女の姿は、黒髪にブルーサファイアのような蒼い瞳までは普通だが、今の時代にしては珍しい黒染めに赤い彼岸花の柄が付いた着物に白い羽織。

 そして、何より普通ではないのが瞳の色彩が逆なのだ。黒目に蒼い瞳だった。

 耳も尖っていて、頭には狐の耳が付いていた。

 それも、そうだろう―――この少女は、少女であって少女では無い。今は人形ひとがたの姿を取り少女の姿だとしてもその正体は、稲荷神社に棲む妖。神聖な妖狐。

 その中でも、高貴且つ闇と陰を司る狐神なのだから。

「はい。此方に居た妖達の悪魂を滅し、妖界ようかいへ旅立ちました」

「そうか。お疲れ様。黒銀」

「主もおつか―――」

【う゛あ゛…ッ!!】

 苦しそうな呻きごえをあげながら執念深く起き上がり此方をギラリと睨み付ける人ではないモノの姿。

「「!」」

「…え、何?まだ殺る気なの?お前」

 呆れてものも言えないと言うように、態とらしく肩を竦ませ青年は問うた。

【う゛ーッ!!!】

 ギリッと歯軋りさせ今にも此方に飛び掛ってきそうな鬼迫を持つモノ。―――所謂、妖や幽霊と呼ばれる類の一種。

 青年は、ソレらの声なきこえを聞き、視る事が出来る。

「…はあ…懲りないねぇ…いや、粘り強いって言うべきか?」

 そう言って、青年は手にした刀を構え直す

「主様」

 黒銀が一言放った。

 次に、己の主が紡ぐ命を待った。

「黒銀、先に帰って当主に伝えてくれ。帰りが少し遅れると。」

 それだけ言うと、青年は目の前に居る幽霊に意識を集中させた。

「承知」

 頭を下げその一言だけ言うと、黒銀は己の気配とともに姿を消した。

「…さて、お前は人の路を外し過ぎた。悪いが、此処で〝死んで〟貰うぞ。」

 にやり、と不敵な笑みを浮かべると霊が飛び掛って来た瞬間を狙い、それと同時に真っ二つに斬り―――

 為す術もなく、霊の〝血飛沫〟が飛んだ。

 青年は、刀に付着した血を薙ぎ払い鞘に収める。

「…ふう、これでよし。」

 あとは…と青年は、血で染った部屋を見渡す。

「清め給え祓い給え」

 簡潔な言霊を紡ぎ、目を閉じ柏手を二回叩く。

 すると、先程の霊の気が消え洗礼された気が流れ始めた。

「…ふう…あとは、依頼人に挨拶と今後の話をして、この〝遺品〟を持って行くだけ、か」

 厳重に包まれた霊が悪魂になったと思われる原因の遺品―――〝キブシのイヤリング〟

 キブシとは、キブシ科キブシ属に属する雌雄異株の落葉低木で、別名キフジとも言うらしい。(因みに、此れは某調べサイトに乗っていた情報だ)

「…珍しい耳飾りだな。」

 花の耳飾りはいくらでもあるが、それでもよくあるのは桜とか薔薇とかなような気がする。

「…取り敢えず、報告するか…。終わりましたよー。」

 ガチャリと部屋の扉を開け、依頼人にそう伝える。

「嗚呼…有難う御座いました…」

「いえいえ、我々は此れが仕事ですので」

「本当に助かりました…。それで、あの、幽霊は…?」

 そう言う、男性を青年は見つめた。

 黒髪に白髪が少し交じった薄髪、少し寄れたYシャツを着ていて、下はベージュっぽいズボン。そして、猫背で低姿勢の気弱そうなイメージを持たせる。しわが結構あって、年齢は五十代後半から六十代前半位の男性。

 名を、宮田みやたというらしい。

「…、ある程度は祓い終わったので、大丈夫ですよ。ですが、本格的なお祓いはまた後日、改めて別の者が伺います。本来、此方はあくまでも〝物理的対処のお祓い〟が専門。後日、来る者の方がお祓いの専門ですので。お宅も其方の方が安心でしょう?」

 お決まりの営業スマイルでそう伝えた。

「そ、うですよね…本当に有難う御座います…」

「いえいえ。(…此奴、何か〝隠してる〟な)」

 青年は、直感的にそう思った。

「…では、また後日。」

「…はい。宜しく御願いします」

 そう言って、家から出た。

 今更ながら

 この青年の名は、憑陰つきかげ 逸架いちか

〝始末〟が専門の祓いを生業とする家業。

 憑陰家の者であり、実力は逸架の右に出る者はいない程の始末に関してはかなりのスペシャリスト。

 …なのだが、逸架は普段は物静かで感情や表情が乏しい為、何を考えているかさっぱり分からない。

 その事が原因か分からないが、外では避けられている。

 当の本人は気にせずに、逆に〝過去によるトラウマ〟がある為、その方が助かっている。

 ・

「…さて、早く帰らないとな。」

 そう言って、逸架は駆け出した。

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