第14話 『遠雷』の日3
『ここまで来ても敵の接触を受けないか……』
36機のヴァンダーファルケは一機も欠けることなくオデッサ市の上空へと達していた。
『敵とはいえ油断は感心しませんわ』
アナリーゼ中尉の言う通り港湾部にある監視塔からの探照灯は見受けられなかったし対空レーダーに察知されて迎撃戦闘機が上がってくるといったこともなかった。
『ここから、数百キロも戦線は離れてるのだから緩んでいても仕方のないことなのかもしれないな』
最新の装備、最新の機材、優秀な人材はもれなく最前線行きだ。
それ故に後方は基本的に装備や人材が充実していない。
そして何より安全な後方、そんな場所にいる自分が敵襲を受けるなどとは誰もが思わないことだった。
『まもなく第一目標上空!』
ヘッドセットに響く副官のノルトマン・シュナイダー中尉の声は、どこか緊張感を感じさせる。
『中尉、そう緊張するな。銃を撃って発火させるだけだ』
緊張感を持つことは勿論必要なことだが過度の緊張感は支障をきたすことにつながる。
エルンハルトはそれをよく知っていた。
わずかに明るい港湾部を抜けて暗闇に眼が慣れてきたころだ。
地上の様子も何となく把握するぐらいはできる。
数十両のトラック、貨物駅、貨車、燃料タンク。
それらが示すことは第一目標は燃料集積地だということだ。
見渡す限り黒い円柱状のものが整然と並べられている。
『各機、どこでもいい。撃て』
燃料の入っているドラム缶に穴をあけて中の燃料を外へ出してしまう。
適度に燃料を周囲に撒いたら手榴弾を一つ落とすだけ。
普通に手榴弾で爆発を起こすだけでもいいがこの方が火の回りが早い。
乾いた銃声とともに30㎜弾が撃ちだされる。
それらは、次々にドラム缶の薄い側面を貫く。
そして勢いよく辺りに内容物が撒かれ始めた。
『撃ち方止め』
これ以上は、弾の無駄だとエルンハルトは判断した。
あとは、火をつけるだけだ。
『各機、上昇するぞ』
燃料のにおいの充満する空気を引き裂いて上昇する。
気化した燃料にまで一瞬で火が回ったとしたら戦闘団までもが巻き込まれてしまうだろう。
それを避けるための動作だ。
そのついでのように手榴弾を投下。
数秒の間を開けて爆発――――――火柱が轟音と共に上がり、周囲は真昼のような明るさになった。
そして、次々と引火が続き小爆発が立て続けに起きる。
『大きなキャンプファイヤーですわ』
アナリーゼ中尉は、愉し気な顔で足元を見下ろす。
『芋と肉でも持ってくればよかったか?』
エルンハルトがそう言うと、笑いが起きた。
『追手がかかる前に次、行くぞ』
『『了解!!』』
次の第2目標が彼らのメインターゲットなのだ、ここで追手に捕まるわけにはいかなかった。
◆❖◇◇❖◆
―ロシャス連邦軍南方方面軍総司令部―
午前2時に緊急入電を受けた司令部は重苦しい雰囲気に包まれていた。
ロディオン・マリノフスキー大将は、腕を組み重々しく息を吐く。
「このことを同士書記長に連絡申し上げたか?」
「い、いえこの夜更けに お起こししては機嫌を損ねるのではと考え……」
平身低頭の連絡将校は、己の人生の行きつくところを悟ったのか流れる冷や汗を拭いながらそう言った。
「今すぐにお伝えしろ」
「はいっ直ちに!!」
司令部の空気感を重たくしている要因は、オデッサ港付近の燃料の集積施設が火災で被害を受けたことにあった。
原因は、特定できていないが向こう2か月間の連邦軍戦車部隊、航空機部隊用の貯蓄燃料を失ったのは痛手だった。
物資としての燃料が枯渇するわけではない、
無論、蓄えはあるが失った分を補填するのに備蓄の燃料を割けば、その分あとから燃料が枯渇してしまう事態も考えられた。
「ザンギエフ中佐、現場の責任者の処分は、どうなっておるのかね?」
「はっ今のところ焼死体が発見されたほかは、それらしい人が見つかっていません」
天を焦がすほどの大火災だから生存者など望むるべくもない。
まだ、遺体が発見され遺族のもとに届けられるだけマシだろう。
その遺族の運命は、そこで定まってしまうわけだが。
「……厳罰に処すべきところだが、いないのであれば致し方あるまい。残存燃料はどれくらいだ?」
ザンギエフは、持ち合わせの資料をめくり頁に眼を落とした。
「……推定される残存燃料は、戦車師団を一か月間運用できる程度かと……」
その量では、到底南部方面軍全体を機能させることは無理だった。
マリノフスキーは再び深いため息を漏らした。
「そうか……心許ないな」
燃費のマシな自走砲や駆逐戦車の燃料事情を考えるだけならまだ、十分に攻勢を支えられるがそういうわけにもいかない。
兵員輸送車、物資の輸送、さらには主力である燃費の悪い戦車の燃料事情を考慮しなければならないのだ。
「このままでは、我らは戦線維持が難しい。幕僚諸君らは、どう思うかね?」
マリノフスキーがテーブルを囲む同方面軍の主だった将官らにそう尋ねた。
それによって場の空気は、ますます重くなった。
「我らに退く場所があるのだろうか……」
退けば督戦隊によって将校でさえも後ろから撃たれることがあるのだ。
この場に居合わせる誰もが、それを理解していた。
そもそも帝国の侵攻開始時に一方的に連邦軍が負け続けたことは、大規模粛清による将官の不足が招いた事態なのだ。
「どうせ死ぬのなら、後ろから撃たれるのだけはごめんだな」
「そうだ、南方方面軍だけでもマジャロルサーグを抜いて帝国本国侵攻を目指すべきだ」
全滅必須の突撃作戦へと話が進む中、一つの報告がもたらされた。
「報告申し上げます!!」
居合わせた将官たちに対し息も絶え絶えに部屋に飛び込んできた佐官は床にd、こすりつけんばかりに頭を下げた。
「どうした?」
マリノフスキーが続きを促すと佐官は、こう告げた。
「て、敵襲です!司令部の絶対防衛戦を敵部隊が突破しました!!」
その場に漂う重たい空気は一気に緊張感へと変わった。
蒼空の鉄騎兵―斜陽の戦線にて― ふぃるめる @aterie3
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