第10話 『遠雷』作戦

 数日にわたって繰り返した越境偵察の結果、連邦軍の帝国領マジャロルサーグ王国への攻勢が近いことが確認された。

 マジャロルサーグ王国への侵攻を行うのは、同方面に展開した敵兵力で最も有力な第2ウクラツィア方面軍だった。

 さらには、助勢する形で政変により帝国とマジャロルサーグ王国に宣戦布告したロムニ共和国の一部部隊もこれに加わっている。

 26万の兵力に800両余の戦車、おびただしい量の火砲。

 これに対し帝国は、マジャロルサーグ王国軍を糾合し軍団の再編成を行い8万の兵力、450両余の戦車、そして多数の火砲をそろえて邀撃の態勢を構築した。


 統一歴1944年10月1日―――――

 南方と北方とでの同時侵攻を画策して開始されたこの攻勢では、南方の連邦軍第2ウクラツィア方面軍は士気の低いマジャロルサーグ王国軍第3軍を切り裂くように進撃していた。 

 マジャロルサーグ王国軍の防衛線は即座に崩壊、多くの師団が殲滅された。

 一方の第2ウクラツィア方面軍南面の先遣部隊(プリーエフ騎兵機械化集団)は攻勢初日の24時間で大凡60km進撃していた。

 こちらも快進撃をみせていた。

 ところが北方においては、帝国第3軍団の第1、第23装甲師団と激突し困難な戦いを強いられ初日は僅かに約10km程度の進撃だった。

 帝国軍は比較的余裕のある北方から第23装甲師団を抽出し南下させたことによりマジャロルサーグ王国軍第3軍の敗走により崩壊した戦線を立て直した。

 帝国軍部隊の頑強な抵抗により進まない攻勢に対して連邦軍は、北方での攻勢を断念し同地に展開する帝国軍の拠点となるオラデアへの圧力をかけるためにオラデアにほど近い、デブレツェンに攻撃を行うことを決定した。

 

 ◆❖◇◇❖◆


 「【帝国国防軍司令部直属第701試験戦闘団】の活躍は私の耳にも入っている。敵爆撃機80機の撃墜とは随分とお手柄だな」


 電話の向こうのシュタウヘン少将の声は明るい。

 

 「新鋭の機材のおかげです」

 「まさに隼のようだったな」


 毎日ではないが少将によって、この報告は義務付けられていた。

 国防軍直属とは言うもののそのじつは、少将の手駒に近い。


 「聞くところによれば、連邦軍が攻勢に出たというではないか」

 「えぇ、デブレツェンの街で戦闘が始まったと聞いています」


 味方部隊は塹壕を掘り持久戦の支度をしているらしかった。

 

 「少佐、陸軍総司令部では長期戦になると想定している」

 

 シュタウヘンはそう言ったがエルンハルトの予想は真逆のものだった。

 エルンハルトは連邦に対して物量で劣る帝国軍の戦闘は長く続きはしないだろうと予想した。


 「空軍ルフトバッフェの分析によると、第2ウクラツィア軍、ロムニ共和国軍には航空機が無いということらしい」


 航空機がないのなら一度の攻撃で多大な損害を負う可能性は少ない。

 つまり――――――

 

 「決定打を欠いたまま痛み分けになると?」

 「察しがいいな。陸軍総司令部ではデブレツェンにおける我が軍の抵抗は、3週間まで可能だと見込んでいる」


 しかし、決定打が無いとなると総じての人的資源の損失は大きくなるのが常。


 「3週間後に我が方が壊滅すると?」


 壊滅すれば、ろくな抵抗力を持ちえない東部の帝国軍は瓦解しかねない。


 「フリースナーやフレッター=ピコの善戦次第だろうが包囲された場合、包囲網を突破し北部に防衛線を築くように通達済みだ。最悪の事態が回避されることを願っている」


 常に想定外が生じるのが戦場だ。

 仮に包囲網の突破ができなければそのときは――――――。


 「包囲網突破の支援は【帝国国防軍直属第701試験戦闘団】の仕事になる」


 使えるカードを切らない手はない、或いは使用せざるを得ないのか、エルンハルトには分からなかったが責任重大な任務に就くことになるということは十分に理解出来た。

 そして一つの覚悟を決めた。

 相当量の犠牲を払うことになるのだと。


 「だが陸軍総司令部では、ある作戦を計画している。最悪の想定シナリオを回避するためのな」

 「それは、なんなんですか?」


 受話器の向こうでコーヒーを啜る音が聞こえてきた。

 

 「少佐に潜水の経験はあるかな?」


 シュタウヘン少将は唐突にそんなことを言った。


 「空軍と陸軍での勤務でしたのでありませんが……」

 「被撃墜もないからドーバー海峡を泳いでもないわけだ。流石だな。だが今回は潜水艦に乗ってもらう」


 エルンハルトには少将が何を言いたいのかを理解することは出来なかった。


 「それはどういうことでしょうか?」

 

 エルンハルトは、もったいをつける少将に少し苛立ちを覚えながら訊いた。


 「黒海から、連邦の補給線を絶ち後背を脅かす。この作戦は、軍上層部で密かに計画されている冬季大攻勢の前哨戦にもなる」

 

 少将は、自信ありげに答えを告げたのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「我々、【帝国国防軍司令部直属第701試験戦闘団】に新たな命令が下された」


 10月6日早朝―――――凛とした空気に声がよく響く。

 滑走路のそばにパイロットたちを集めての作戦行動開始前の訓示だ。


 「先日、連邦軍の第2ウクラツィア軍が帝国領マジャロルサーグ王国に侵攻してきたことは各員知っているだろう。現在、国境近くのデブレツェンで友軍が必死の戦闘を行っている。俺たちが睡眠をとり朝食をとり、こうして話している間にもだ。友軍はおよそ3倍の敵を前に善戦をしているがこのままでは戦況は悪化する一方だ。そこで第701試験戦闘団に命令が下令された。作戦名は『遠雷』だ。本作戦の概要を説明する。本作戦は、第一段階としてアドリア海の出口の敵を友軍航空機が撃滅。第二段階として、周囲の敵航空基地への友軍空挺部隊による夜間強襲。これらは第三段階への準備に過ぎない。第三段階は、第701試験戦闘団によるオデッサ、キシニョフの両都市への奇襲攻撃だ。目的は、集積された物資を破壊し、且つそれを運ぶための鉄道網を寸断することにある。質問はあるか?」


 『遠雷』とはよく言ったものだ、エルンハルトはそう思った。

 帝国領から遥かに離れた敵の後背を突くのだから。


 「少佐、私たちの移動は、快適な空の旅でしょうか?」


 質問をしてきたのはアナリーゼ中尉だった。


 「残念ながら、快適な空の旅ではない。が……喜べ、今回は潜水艦での船旅クルーズだ」


 移動距離は優に1000㎞を超す。

 船旅と言っても差支えはないだろう。

 そこに6機のエンジンを持つ大型の輸送機Me323が2機、滑走路に滑り込んできた。

 時間か……。


 「ほかに質問はないな?これよりヴェネジアの港へ向かう。各員、装備等を積み込め!!」


 ◆❖◇◇❖◆


 帝国領サルディニア王国北部から多数のメッサーシュミット Bf109TやBf109F、艦上爆撃機Ju87Cや艦上攻撃機 Fi167が飛び立っていく。

 それらの機体は、空母グラーフ・ツェッペリンに搭載する予定の機体であったが建造が中止されてから第16試験飛行隊として沿岸警備を主任務としていた。

 Bf109tは、Bf109シリーズの機体を艦上戦闘機として使用できるよう改造したものだった。


 『監視者ウォッチャー03より敵艦船を発見せり。軽巡洋艦1、駆逐艦2、ブラチ島南東沖50㎞』


 アドリア海からイオニア海にかけて放った十数機の偵察機のうち、1機が敵艦船を発見したのだ。

 

 「艦種は分かるか?」

 『巡洋艦はリアンダー級と判断。駆逐艦は判別不可能』

 

 さらに敵部隊発見の報告が続く。


 『監視者ウォッチャー09より、敵部隊を発見せり。ダイドー級軽巡1、駆逐艦3、バルレッタ東方沖150㎞』


 リアンダー級は、連合王国の王室海軍ロイヤルネイヴィーが初めて建造した軽巡で旧型の軽巡洋艦である。

 一方のダイドー級は、防空巡洋艦として列強各国の目を引いた艦艇だった。

 その防空戦闘能力は、極めて高い。


 「敵は複数群いるようだ。監視者ウォッチャー各機は、引き続き索敵を怠るな」


 帝国の南方海域である地中海は、連合王国海軍の艦艇が跳梁跋扈ちょうりょうばっこし帝国海軍のUボートやその他艦艇に対し目を光らせている。

 帝国の内海とさえ言えるアドリア海にすら敵艦艇が出没しているのだ。


 『指揮官機コマンダーより通達。部隊を2つに分ける。第1中隊、第2中隊をヴィルヘルムと呼称。第3中隊、第4中隊をカイザーと呼称。ヴィルヘルム攻撃目標、敵第1群。カイザー攻撃目標、敵第2群』


 指揮官が、指示を出すと総勢50余機の第16試験飛行隊の艦戦が艦爆が艦攻が二方向に別れてそれぞれの進路へと機首を向け、己の獲物に猛進していくのだった。

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