泥濘の地にて
第8話 灰色の空
『これより、敵制空権内に入る。各員は警戒を厳にしろ』
戦闘団は何度かの友軍基地での燃料補給を経てマジャロルサーグ王国の東、ロムニ共和国へと入っていた。
ロムニ共和国は、すでにロシャス連邦軍の占領下となってしまっていたがマジャロルサーグに近い地域には、帝国軍の残存部隊が多数おり、未だに抵抗を続けていた。
連邦軍のパグラチオン作戦による攻勢を防ぎきれなかった帝国軍は1500㎞の長さを持つ東部戦線のどこにおいても後退戦を戦うことを余儀なくされており、すでにロムニ共和国を含むバルカン半島の支配権は帝国には無かった。
戦闘団の飛行する空の下、眼下に見える味方部隊は多くが傷つき疲れ果てていた。
定数を満たしている部隊は無論あるわけもなし、装備を捨てて退却している部隊も見受けられた。
安全圏に逃れたい一心で退却してきたのだろう。
戦況を知るべく現地の司令部の通信の周波数に合わせて所属を名乗るが、ノイズしか聞こえてはこなかった。
現地軍の司令部は、すでに撤退してしまっていて機能していなかった。
レーダーを避けるために低高度で飛ぶ彼らが見たものは友軍の痛ましい姿だけだった。
『少佐、右前方に煌めくものを確認』
煌めきの正体は敵機―――――。
『爆撃機だけですわ』
アナリーゼが、Fernglas 08(帝国軍の装備する双眼鏡)を覗きながらそう言った。
護衛戦闘機がいないのであれば爆撃機を落とすことは、そう難しくない。
『各員に通達。敵爆撃機が接近中。後方には友軍部隊がいるため偵察任務中ではあるが爆撃機を邀撃する』
燃料はさっき補給したばかりで十分に余裕があった。
Fernglas 08でその方向を見ると双発の機体を確認することができた。
おそらく尾翼には赤星のマークが入っているのだろう。
『敵機の高度は目測1500だ、1800まで上昇して待機する。機種はペトリャコーフと思われる。一機撃墜すれば3ポイントだ。勲章をとる機会を逃すな!』
ペトリャコーフpe―2爆撃機は、1941年のバルバロッサ作戦のときから姿を見せている高速の双発戦闘爆撃機で多数が東部戦線において目撃されている。
故障が多く稼働率は低いもののそれを補って余りある機数で味方部隊に対し猛爆を加えていた。
スロットルを倒してエンジン出力を上げて上昇する。
『視認にて敵機を確認。少佐の言った通りペトリャコーフです。機数、80!!』
ヘッドセットで聞こえた声は、緊張感を感じる声だった。
新機材で臨む初めての実戦だから、初めて戦場を踏む者ではなくてもそう言った感情を抱くのだろう。
「これより、攻撃を開始する。手前の梯団から第1中隊。2つ目の梯団を第2中隊。あとも同様だ。かかれっ」
敵は20機ずつ4つの梯団を組んでいる。
自身の中隊が一番手前の梯団に攻撃しつつ他の中隊が討ち漏らした機体を落とす、それがエルンハルトの判断だった。
『了解』
各中隊ごとに散開していく。
そして第4中隊から敵爆撃機へ対しての攻撃が始まった。
◆❖◇◇❖◆
木々の間に潜んでいた6両の戦車の前方に多数のエンジン音が響いた。
「敵戦車だ!!」
「チッ、すでに俺らのロムニからの撤退に感づいて戦車を先行させてたのかよ」
ロムニ共和国軍が、連邦軍に降伏したことによってロムニ共和国の国軍45万がそのまま敵となった。
すでに同地の帝国軍司令部の機能は麻痺しており、各部隊ごとの退却を余儀なくされていた彼らに組織的な後退戦を戦うことなどできなかった。
『
通信機器に向かって6両を指揮する中隊長は叫んだ。
曇天の空の下、数千メートル先には多数の敵部隊が驀進してきていた。
それは獲物を逃さんとする肉食動物のように殿軍に牙をむいた。
「距離3000になったら各個にて撃て」
連邦の主力戦車T34よりも遠くから無慈悲の一撃を浴びせる
その攻撃は絶対で、しかし圧倒的に数が不足していた。
砲塔を貫通し中で砲弾が誘爆したのか数量のT34が火柱を上げる。
履帯に被弾した戦車はその場で擱座した。
それでもT34は、止まらない。
それどころか、丘を乗り越えてきた新手のT34が続々と姿を現した。
「こいつら、どんだけ湧いて出る!?」
T34が、有効弾を一発出すまでに数量のT34が鉄屑と化す。
しかし数に任せた敵は、前進を止めない。
6両の帝国軍戦車とT34の彼我の距離は、どんどん縮まっていく。
距離が詰まれば、砲の貫通力において劣るT34も痛打を帝国軍戦車に与え始めた。
一両が大破し、一両がエンジンに被弾し火達磨となる。
やがて6両は奔流に飲み込まれるように姿を消した。
◆❖◇◇❖◆
30余両の戦車とそれに守られるように数十台のハーフトラックが土煙を上げながら、街道を何かに追われるように後方を警戒しつつ西へと急いでいた。
それは、撤退中の帝国軍の一部隊だ。
ハーフトラックに乗せられた兵士達は、疲労の色濃く負傷している者も多い。
紛れもなく敗残の姿だった。
随伴する戦車にも激戦の名残りのある車両も見受けられた。
しかし、そのエンジン音は高らかに響き未だに確かな力を有していることを示していた。
獰猛な、肉食動物の名を冠した二種の戦車は、まだ健在だ。
『大隊長より通達、
殿軍の支援要請を受けた戦車部隊指揮官がそう下令する。
歩兵を乗せたハーフトラックに随伴する2個小隊を残して定数を大きく割り込んだ大隊が反転していく。
『両小隊は、第3装甲軍との合流を目指せ』
第3装甲軍も彼ら同様、撤退中の部隊だが周囲にいる味方部隊では最も有力な部隊だった。
『了解―――。中佐、ご武運を祈ります』
返ってくるのは了承と、別れの言葉。
30両にも満たない大隊が、味方の救援へと死へと急いでいく。
『なに、またどこかで会うさ』
ヘッドセットに残された声の意味を誰もが分かっていた。
◆❖◇◇❖◆
2個小隊4両の戦車が守るハーフトラック車列の上空を4つの編隊が高速で西へと向かっていく。
「敵機!!」
誰かの叫び声に反応したのか多くの者が空を見上げる。
「いや、違うぞっ!!翼に鉄十字の模様があるぞ!!」
「ほんとだ!! ならあれは味方なのか!?」
「いや、あんな機体は知らないし聞いたこともない」
前線の将兵たちにその機体を知る者は誰もいない。
しかし味方であることは確からしく帝国の紋章たる鉄十字の付いたその機体は攻撃してくることなく真っすぐ西へと向かっていく。
やがてハーフトラックに乗ってあるいは徒歩で撤退していく彼らの耳に爆撃機のエンジン音が聞こえた。
「これは、爆撃機の音じゃないか?」
「俺らには対空戦車もないんだぞ!?」
彼らは、最悪の場合を考えたのか呆然としたまなざしを東の空へと向けた。
すると、爆撃機のエンジン音に呼応するように謎の機体たちが高度を上げていく。
「あれは、味方だ」
「俺らを助けに来てくれたんだ」
「がんばれよ!! 戦友!!」
粛々と撤退していた彼らが喚声に沸く。
しばらくすると遠くに火を噴いて落ちていく敵爆撃機の姿がいくつも見受けられた。
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