蒼空の鉄騎兵―斜陽の戦線にて―

ふぃるめる

プロローグ 

 ――統一歴1944年――


 第一帝国の故地アーツェンは、敵である合衆国軍により補給線を寸断され、孤立させられていた。

 合衆国軍の重囲下に置かれ、制空権ももはや帝国にはない。

 アーツェンの空を飛ぶ飛行機の翼に帝国の紋章たるハーケンクロイツは見当たらず合衆国軍の爆撃機や戦闘機が偵察機が我が物顔で飛んでいる。

 アーツェンは、カール大帝(現帝国のもととなる帝国を築いた、始祖的英雄)戴冠の街であり帝国による治世の発祥地ともいえる非常に重要な街であった。

 それと同時に、連合軍(合衆国を含む敵対国の軍の相称)の侵攻を受ける最初の帝国本土の主要都市である。

 そういった重要都市であるため、帝国軍首脳陣は「如何なる犠牲を払ってもこれを守り抜くべし」とアーツェンの帝国軍守備隊に下令した。

 10月1日、連合軍は1万5000余のアーツェン守備隊に対し、10万の兵力を動員したことにより壮絶な市街戦が始まった。

 連合軍側としては、アーツェンの重要性を帝国が認識する前に攻略したかったのだ。

 しかし、地の利を知り尽くした帝国軍に対して予想よりも戦闘は長引き、数日で終わると予測されていた戦闘は10日を過ぎても延々と続いている。

 戦闘が長引けばそれだけ物資の消費も増えていくのは戦の常。

 連戦続きの合衆国第9軍に10万の将兵に数週間にわたって十分な補給ができるほどの余裕はなく攻撃は10日を過ぎたあたりから威嚇が目的の小規模なものとなり厭戦気分が蔓延し始めた。

 しかし、ここに至って帝国は国民突撃隊(16歳〜60歳までの男性を徴兵し編成した部隊)に1個戦車中隊(戦車14両)を随伴させて、アーツェン近郊で第9軍に対する攻撃をし始めると事態は一変する。

 合衆国は、戦略爆撃部隊を派遣し爆撃を計画する。

 合衆国軍第9軍の装備する戦車では、帝国の装備する戦車には装甲の面、主砲火力の面において勝てないのだ。

 しかし、これを帝国諜報部はつかんでおり、アーツェンからほど近いガイエン、エルフィニッヒの両航空基地の戦力を拡充し、これに備えた。

 合衆国による戦略爆撃は帝国の強化された防空網により、失敗に終わった。

 業を煮やした合衆国第9軍は、合衆国軍精鋭の機甲部隊B集団を投入することを決定し―――


 ◆❖◇◇❖◆


 統一歴1944 10月15日 アーツェン市街



 朝からアーツェンの街は激しい砲声と煙幕に包まれていた。

 

 「西側、南側の二方向より敵戦車前進してきます!!」


 アーツェン守備隊の突撃砲や対戦車砲が前進する戦車を捉え咆哮する。

 対戦車障害物の中で沈黙する戦車、それを乗り越えたところで装甲の薄い車体下部を狙い撃ちにされる戦車、しかし合衆国戦車部隊は前進を止めない。

 

 「クッソ……どんだけ湧いてきやがる!!」

 「弾切れだ、弾薬をよこせ!!」


 車載機関銃を撃ち込みながら突撃してきた戦車により対戦車砲陣地が壊滅。


 「戦線を維持しきれんぞっ」

 「対戦車砲陣地はなぜ沈黙している!?」

 「戦車部隊の応援は!?」

 

 アーツェンの戦力増強のために来援した国民突撃隊と一個戦車中隊はすでに多数の戦車部隊にとりつかれてアーツェンから退却していた。

 戦闘開始から30分余りでアーツェン守備隊の突撃砲や対戦車砲はすでに沈黙しており歩兵によるファウストパトローネ(携帯式対戦車擲弾発射器)を用いた戦いとなっており接近して攻撃を行う守備隊はその数を減らしている。

 もはや合衆国機甲部隊の目標とする守備隊司令部までに有力な戦力を保有する部隊はなく、遅滞戦闘を余儀なくされた守備隊に希望は無かった。


 「北側からも戦車部隊が来るぞっ!!」

 

 国民突撃隊を壊走せしめた戦車部隊が加わり、アーツェンの街は狩場となる。


 「神よ…これがあなた様の下された試練なのか……」


 街の教会に最後の力を振り絞って向かい、そこで神とあがめるものに見守られながら息絶える者、最後の力を振り絞って敵へと突貫する者。

 戦いは最終局面を迎えつつあった。


 「最終防衛線が突破されました!!」

 「終わりだ……」


 夥しい量の血が一時間にも満たない戦闘で流されたアーツェンの街。

 しかしそこに戦線すべての部隊に対し、一つの通達がアーツェンの司令部よりなされる。

 

 「大隊長、司令部から入電!!」

 「なんだ!?」


 戦車の放った砲弾が着弾し砂塵が舞い上がる。

 鉄兜を目深にしながら通信機を体でかばうと通信兵は叫ぶ。


 「まもなく強力な増援が来るのでそれまで持ち場を死守せよとのこと!!」


 ◆❖◇◇❖◆


 南側よりアーツェンの街に接近する36の機影があった。

 機影というには、航空機らしさがないが空を飛ぶのだからそう表現するのが妥当なのだろう。

 人型のそれは、背中に2機のエンジン、脚部下の方に片足1機ずつエンジンが付いている。

 そして、長身の銃。

 または、機関銃といったものを装備している。

 緑色のに塗装された機体は、帝国軍が導入したジェット戦闘機Me-262のそれと酷似していた。


 『大隊各位、もうすぐアーツェンの街だ。もう一度、任務について説明しておく。我々の主任務は司令部の防衛にある。したがって攻撃目標は、司令部を害する敵ということになる。対空戦車にくれぐれも気を付けるようにしろ』


 部隊の先頭を飛行するのは、この部隊の指揮官レーベレヒト・エルンハルト少佐の機体だ。


 『『了解!』』


 彼の率いる部隊の全パイロットからの返答が返ってくる。


 『少佐、攻撃目標は敵すべてってことかしら?』


 指揮官であるエルンハルトの後ろを飛ぶ機体―――二番機のパイロットから質問が上がった。


 『アナリーゼ中尉、そういうことになるな』

 『昂りますわ』


 アナリーゼ中尉と呼ばれたパイロットは、軍隊では珍しく女性だ。

 珍しいというと語弊がある。

 帝国軍の東部戦線で戦闘を行っている敵国ロシャス連邦では、女性兵士もそれなりにいるという。

 女性のエースパイロットが生まれるくらいには、連邦の軍隊には、女性がいるのだ。

 そんな女性パイロットのアナリーゼは、ニヤリと口角を吊り上げる。

 美しい容貌とプラチナブロンドのヘアには、どこかいびつで似つかわしくない笑い方だ。

 

 『中尉、俺たちの得物も残しといてくださいよ』

 

 ほかのパイロットたちの声が笑い声をあげた。


 『それはあなたたちの頑張り次第ではなくて?』

 『中尉殿は、言ってくれますなぁ』

 

 また、笑いが起こる。

 彼らには気負いといったものがあまり見受けられない。

 前線にいる将兵なら、誰しもが抱く恐怖すらもあまり感じられないのだ。


 『おしゃべりはそこまでだ』


 エルンハルトが前方を見据える。

 数キロ先には、硝煙立ち込める半壊した街があった。


 『第2中隊は、友軍残存兵の退路を開け。第3中隊、第4中隊は敵戦車部隊を、第1中隊は敵歩兵戦力を削ぎ第3中隊、第4中隊の攻撃を容易ならしめる。俺に続け』

 『『了解!!』』


 各中隊ごとに中隊長機を先頭に各々の目標へと散開していく。

 

 『少佐、対空戦車は確認できなくてよ?』

 

 アナリーゼが、Fernglas 08(帝国軍の装備する双眼鏡)を覗きながらそう言った。


 『M19対空自走砲がいないならありがたい』


 M19対空自走砲とは、合衆国軍の装備する対空戦車で40㎜機関砲や12.7㎜重機関銃を装備している車両で、帝国空軍の難敵として戦線各地でその姿を目撃されている。


 『速度そのまま、機関銃をメインに索敵するぞ』


 

 ―――アーツェン司令部付近―――


 「北より、飛行物体複数確認!!」


 確認された飛行物体は、上空から次々と銃撃を加えていた。


 「強力な増援とは聞いていたが……まさか…あれとは……」

 「知っているのか?」


 帝国軍兵も合衆国軍兵も、空を見上げている。


 「お前は知らないのか?」

 「ああ」

 「あれは、コードネーム【メシアス】だ」


 メシアスというのは、帝国で使用される言語において救世主を意味する。

 

 「習熟訓練中に敵爆撃機編隊を壊滅させた話を知らないのか」


 戦場に逸話は多くあるがそれは、誇張ではなく彼らの前で実際に起きていることだった。


 『二時方向、塀の向こうに敵機関銃を発見』

 『六時方向、小隊規模の敵歩兵確認』


 一か所にとどまることなく、飛行しながら【メシアス】たちは一方にとっては絶望を振りまき、一方にとっては救済を施していく。


 「こっちに来たぞ、統制射撃、撃てぇっ!!」


 合衆国軍兵が、小隊規模で密集し一か所を狙う銃撃を行うが撃ち出された弾は、むなしく空を斬る。


 「良き的ですわね」


 アナリーゼ中尉が微笑みとともに無慈悲の弾丸を放つ。


 「おやすみなさいませ」

 

 撃ち出された弾は、狙い過たず兵士の頭を打ち抜く。

 いや、粉砕するといった方が正しいか。

 彼女の装備は、Eisenzaunというこの部隊の専用装備となっている新式の対戦車ライフル。

 撃ち出されるのは30㎜弾。

 脳漿をぶちまけたその兵士を見た周囲の兵士たちは恐怖で小銃を撃つことさえ忘れた。


 「これももらってくださらない?」


 彼女は、いくつかのStielhandgranate 24《手榴弾》を兵士たちに向かって落としていく。

 それの爆発範囲は10mほど。

 3秒の遅延時間で唖然とする兵士たちにできることはなく―――爆発。

 肉片をあたりにまき散らす。

 そんな殺戮は、街の各所で見受けられ20分余りの後、戦闘は終結。

 戦闘終了後の市街地には、擱座した戦車が、燃える装甲車が、頭を失った胴体が―――残ったのは、帝国軍兵士と鉄屑、肉片。

 繰り広げられたのは僅かに数十分の殺戮。


 『大隊長より701試験戦闘団各位に通達、帰投する』


 彼らはどこまでも無慈悲で、そして圧倒的だった。

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