私的異世界について

瑠璃

私的異世界について

私は常々異世界に対して憧れを抱いていた。


もし、世界の裂け目をみつけそこから異世界に逃げられるのであれば、この世界を捨て、友人を捨て、家族を捨て、迷わずそこに飛び込むだろう。


そういうわけで私は暇さえあれば「異世界に行けますように」と呟いていた。


(言葉には力があると信じていたからだ)


その願いが神に届いたか否かはわからないが、めでたく私は異世界の門を叩くことになった。






―In dreams begin the responsibilities―


どうやらこの言葉は本当らしい。


日曜日の昼下がり、疲れていた私は羊男とともにいつもの箱庭を夢に会うため歩いていた。


(正確には羊男が私を案内していた)


終始無言の羊男が口を開いたのは箱No.3のジャングルに足を踏み入れた時だった。


(ここは道の両側が絶壁で下の方から大きな木や草が伸びてきている)


「次の箱で夢と待ち合わせているんだ」と羊男は言った。


夢と早く会わなければいけない私は足を早めた。


「君が先を急ぎたい気持ちはわかるけど」と羊男は言った。


「おいらはお腹がぺこぺこなんだ、このジャングルは長いからどこかで休憩しようよ、もう随分歩いてきただろう」


いつまでもこんなところに留まって夢と会う前に引き戻されちゃったら困るわ。

と思ったが羊男がナップザックから美味しそうなドーナツと品のいいティーカップを取り出したのを見て思い直した。


ジャングルでティータイムもあるいはいいかもしれない。


形而上の空間に私が不完全を加えた時羊男がぼっそっと呟いた。


「夢の中から責任は始まるんだ。我々は自分の行動に責任を持たなければならない」


私にその意味はわからなかった。


言葉自体は知っていたが(イェーツの言葉だ)脳内で言葉と意味が結びつかなかった。こういう感覚は現実ではそうそう味わえない。


ドーナツを食べ終えると羊男は私の手を握り空へ(正確には天井へ)浮かび上がった。


「近道だ」と羊男は私の顔をチラッと見、長い鼻をなびかせながら言った。


ジャングルを下に見ながら空を泳ぐとNo.4のドアが見えてきた。


ドアの前にふわと着地すると途端に周りの空気が重くなった。


拘泥の中にいるような重みだ。








ドアに手をかけ引くと目の前に夢が立っていた。


やぁ、と夢が言った。


「行こうか」


No.4は大きな湖だった。


いや、海なのかもしれないが夢の中ではそれは重要なことではない。


私は夢と共に水中の階段を降りていった。



深く、深く、深く…



一番下まで降りた私は、そこで夢No.J32の夢を見た。


それは夢でありながら私が求めていた異世界だった。


世界Aに戻ってからもそこに身を置いた経験は私の頭に濃く染み付いていた。


その夢での経験がその後の私の行動に少なからず影響を与えている。


夢の中から責任は始まるのだ。



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私的異世界について 瑠璃 @lapislazuli22

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