群青のアハルマンド

ミコシバアキラ

第1話

 少年と言って差し支えない身長に、肩でざんばらに切られた黒髪を冷たい風になびかせ、遅い春がやって来つつあるルイデの街を濃い青の瞳で見つめながら、昼前の空からの太陽の光を浴びて、レオパード・グレイルは小さなトランク一つを持って馬車から降り、その地に立った。

 グアライド国統一歴三百二十七年第七の月十九日目、国の北方に位置しているゼクネーア地方ルイデの街は国が統一前から街道の要所として古い歴史を持つ。古くに建てられた石を積み重ね装飾を施した街並みがレオパードの前に広がった。

 馬車の行き交う石畳にはまだ雪が残り寒さも冬そのままなのだが、これからやってくる短い春と夏を迎えるこの街は、どこか浮き足立っている様に感じられた。

 レオパードは防寒用の上着の上からフードの付いた身の丈より大きいブカブカの群青色のコートを着込んでいた。その足元は軍用ブーツを履いている。

「一日早うついてもーた、しゃーないか」

 と馬車乗り場を後にすると、そんな事を呟きながら身を切る様な寒さからか馬車乗り場近くの飲食店に入っていく。

 店に入ると接客をしている四十代位の女性に声をかける。

「辺境伯の住んでるトコってどこか知らへんか?」

 と言いつつカウンターの席に座ると「何か暖まる物を」と注文するレオパード。

「あんたもかい?最近そう聞いてくる人多いのよねぇ」

「まぁ、噂がホンマやったら辺境伯と仕事出来るんやからなぁー」

「噂って何だい?それよりあんた、その南部訛り、ドナンズから来たのかい?」

「そうやで、ドナンズ出てからはいろんなトコ行ったり来たりしとるけどな、今日東のレナント地方から来たとこや。」

 南部に位置するドナンズ地方は特徴的な訛りがあり、これはドナンズ弁や南部訛りと呼ばれている。

「噂っちゅーか聞いた話やねんけど、ここの伯爵様が傭兵を雇いたいらしいねん、衣食住の保証付きで。そんな好待遇他にないからなはるばる来たって訳や」

「あらまぁそうなの。そうねぇ伯爵様のお屋敷までは馬車でも結構かかるわよ、最近伯爵様の所へ行くにはどうしたらいいかって聞いてくる他の地方から来た人多いのよ、それなのかしら?……はいリーゼ茶、セリナの根入りだから暖まるよ」

「ありがとーな」

 そう言って暖かい茶を受け取るとコクリと飲む。

 すると思い出したかの様に懐を探るレオパード。そうして一枚の写真を取り出すと女性に声を掛ける。

「なぁなぁ、この辺でこの人見ィひんかった?」

 白黒のそこには今よりも少々若いレオパードともう一人の人物が写っていた。淡い髪色と瞳をした優男で、もの憂げな表情から穏やかな人物だと見て取れた。大きな槍、東の大陸の矛を思わせるそれを手に持ち、レオパードと一緒に照れくさそうに笑っていた。

「あら?兄弟?にしては似てないわね」

「まぁなんでもええやろ、探しとるねん」

「この辺りじゃ見た事無いわねぇ……他の、人が集まる所に行けば何か分かるかもしれないけれど」

「人が集まるとこって、どこ?」

「この通りを入った処にある飲み屋街かしら?あそこ他の地方から来た人も行くところだから、行ってみるといいわ」

 レオパードは写真をしまうと、

「ありがとー、そいじゃちょっと行ってみるわ。あ、それとお勧めの宿ってあったりする?」

「宿だったらウチの隣が良いわよ、従兄弟がやってるの、だから泊るとウチの料理が割引価格よ」

「そりゃええこと聞いた、隣やったな?荷物置いてから飲み屋街行ってみるわ」

 茶を飲み干すと「いくらや?」と聞き「三百ルーレルよ」と言われた金額をカウンターに置くと、十分温まった体でトランクを持ち店の扉を開いた。途端に吹き付ける冷たい風に身を縮こませつつ、寒さの残るルイデの街の中へと進んで行った。

 言われた通り先程の店の隣、三階建ての大きな石造りの大きな宿へ入ると、先程の女性に似た男性が宿の受付に居た。

「隣の店にオススメやって言われて来たんやけど、割引とかあるん?」

 レオパードが不躾にそう尋ねれば、

「向こうは割り引いてくれるけどこっちはやってないよ、残念ながらね」

「そーなんかー。まぁええわ、部屋借りたいねんけど」

「どういう訳かここのところ宿泊客が多くてね、部屋はあんまり選べないよ」

「一番狭い部屋でええわ」

「じゃ、ここだね」

 そう言って店主が鍵を差し出す。

「階段で三階まで登って一番奥の部屋、屋根裏部屋みたいなところで良ければ、ちょっと大変だけど」

「構わへんで」

 レオパードは最期の言葉が少し気になりつつそう言うと料金を支払い階段で三階へと向かう。三階の一番小さい屋根裏の様な部屋へ鍵を差し込み中へ入ると、トランクから必要な物を取り出して受け付けに鍵を返して、さっさと部屋を後にする。

 石造りの通りを進むと飲み屋街になっており、昼間から体を温める為に酒を飲んでいる者が多数いた。

 その中の一軒に入ってみると、

「おいおい、子供が来ちゃいけないところだぞ」

 等と言われてしまうが、目的は酒ではなく情報なのでその言葉はスルーするレオパード。

「酒が目的ちゃうわ、人探ししとるねん、この人見た事無いか?」

 と言って例の写真を見せるも、

「見た事無いねぇ」

 他の客にも見せてみるが「知らない」「見た事無い」という答えばかりった。

 仕方がないと店を変え、そこでも情報を集めようとするが、同じく「知らない」「見た事無い」という答えばかりで全く成果が無かった。

 飲み屋街全ての店で聞いて回ったが、先程と同じ回答ばかりで全く情報は得られなかった。仕方がないとばかりに宿の部屋へ戻り扉を閉めると丈の合っていないブカブカのコートを脱ぎ椅子に掛け、狭い部屋の中でベッドに横になり天井を見上げながら、

「全く、どこにおるねん……師匠」

 そう一人呟くと、寝返りをうった。古いベッドがギシリと鳴った。

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