第20話タクシーと眠気の顛末は

やっぱりいつもよりお酒が入ってたみたいだ。私は、いつの間にかタクシーに同乗させられていた。さっき断ったはずなのに、隣には黙って流れる夜景を見つめる橘征一がいた。確か、乗り込む時に家まで送っていくって言ってた気がする。私は、ぼんやりと考えながら車内の静けさと規則的な揺れで、あっという間に睡魔の虜になってしまった。


「美那、着いたぞ。美那。」


私を呼ぶ甘い声が耳元できこえて、私は温かな心地良さから離れる事を嫌がって呟いた。



「‥ん。まだ眠い…。」


もう一度私の好みの、甘い低めの声が耳元で囁かれた。


「‥ほら、起きないと抱き上げて行く事になるぞ。」


…んん?抱き上げる?何の話?私は眠くてぼうっとする頭を振って、開かない目をゆるゆると開けた。目の前に橘征一の顔が覗き込んでいて、私はびっくりして時間が止まった。


「起きたか?美那のマンションに着いたんだ。すみませんが、ちょっとここで待っていて下さい。」



橘はタクシーの運転手にそう言うと、私の荷物と腕を掴んで車から引っ張り出した。車外に降りた途端、眠気と酔いで足元がふらついた私を呆れた様な顔で見た橘は、何かぶつぶつ言いながら私の腰に手を回して、部屋の前まで連れていってくれた。


受け取った荷物から私がようやく鍵を探し当てると、サッと受け取ってドアを開けた。何も言わないで、ぼんやりしている私を一瞥すると、私を抱き上げてヒールを脱がせてリビングへ連れて行った。リビングでそっと下ろされた私は、目の前に橘兄がいる事にようやく違和感を感じて言った。



「…何で。」


橘兄は顔をクシャリと歪めるとしぶしぶと言った感じで、私のジャケットを脱がせながら言った。


「こんなになるまで飲むなんて、呆れるぞ。お持ち帰りされても文句言えないじゃないか。私はタクシーを待たしてるから、ちゃんとベッドで寝なさい。大丈夫か?‥それとも私が寝かしつけてやろうか?」


私は橘兄から漂い始めた不穏な空気を感じて、急に眠気が晴れて行くのを感じた。


「だ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしました…。」



橘兄は一瞬躊躇した後、私をぎゅっと抱きしめて耳元で甘く囁いた。


「迷惑じゃない。…他の男の前でも、こんなに無防備だと心配なだけだ。」


そう言うと、スッと離れて玄関まで足速に歩き去るとドアを閉めながら、リビングに立ち尽くす私に向かって言った。


「美那、ちゃんと鍵を閉めなさい。じゃあ、おやすみ。」


そう真面目な顔で言って、閉まる玄関ドアの向こうに消えた橘兄の遠ざかる足音を聞きながら、私はしばらく立ち尽くしていた。

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