第9話 橘征一side悪魔のキス

悪魔の唇は甘くて吸い付くようだったけれど、見かけの派手さとは真逆の、キスに慣れていない印象を感じた。私は思わず、もっと目の前の女を感じたくて、初対面にも関わらずキスを深めてしまった。



腕の中の悪魔は私が攻め立てるたびにビクビクと感じてるようで、思わず馬鹿みたいに夢中になってしまった。が、息のしかたもおぼつかない女は私の胸から逃れると、凄まじく怒って、出ていけとがなり立てた。


正直初めて会った女にいきなりキスするなんて、私自身も経験がない。私は取り敢えず謝るとこの家に訪ねてきた名刺を差し出したんだ。


結局ミナとミナミ違いの勘違いだった。しかし手ぶらで病院へ行くわけにはいかなかった。


目覚めてからの尚弥は口をひらけばミナとうわごとのように呟いている。目の前の女の従姉妹の写真を見ると、なるほど尚弥の好きそうな清純タイプだ。最も中身はとんでもない軽さだったが…。



そんな事を思い返していた私の目の前に、大人しいワンピースに着替えて現れたのは、さっきとはまるで印象の違うあの悪魔だった。流石に従姉妹のせいか、写真で見たミナミに雰囲気が似ている。でも私の感じたあの意志の強い眼差しはまるで違う。私は車中でも思わず見惚れてしまっていた。


弟への心労を同情したのか、柔らかな手を重ねてなぐさめてくれる美那は、巻き込まれただけなのにお人好しなのか、根本的に優しいのか。エレベーターで緊張感を滲ませるその姿に思わず抱き寄せて安心させたくなったのは、私らしくない。全く。



私は自分の戸惑いを感じながら、目の前でミナミになり切って弟に優しくキスする美那を、やり過ぎなんじゃないかと少しイライラしながら見つめていた。そんな自分を感じたくなくてコーヒーを受け取りに行って戻ってくると、病室から美那が丁度出てきたところだった。


弟は眠ってしまったので、もう帰ると言う美那をまた来てくれないかと頼んだのは、弟が心配だったせいだ。実際あんなに落ち着いた弟を見て、安心したのは確かだ。そう思いながらも、不承不承ながら承諾してくれた美那を何とも言えない気持ちで見つめたのだった。



私はもう一度美那のマンションの窓の明かりを見つめると、後ろ髪を引かれる思いで夜の街へ車を出発させた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る