『私は悪魔』

紅茶党のフゥミィ

『私は悪魔』

 赤く染まった両の掌が見える。

 塗料にはない鉄臭さが、私の思考を少しずつ現実へと呼び戻していく。

 そう、ここは住宅街から離れた所にある寂れた公園。その外れにある公衆トイレ。

「こ、こいつホントに殺りやがったよ……!」

 背後で、イジメっ子達の中で最もビビリな奴が震える声で半笑いする。コイツはまだ現実を完全には理解していないらしい。

 私が振り返ると、イジメグループのメンバー四人がビクッと跳ねたような気がする。私のことがそんなにお嫌い?

「よ、よくやったじゃねえか!」

 リーダーが強気なフリをしてこちらに少しだけ寄って来る。その脚が震えていることには目を瞑っておいてあげようと思う。

「ありがとう」

 極めて冷静に言って、私はタオルを放るように合図の手招きをした。呆けていたメンバーの一人が慌てて首にかけていたタオルを放り投げた。その汗で重くなったタオルが今の私にはちょうど良かった。手に馴染む。

「痛いっ!!」

 リーダーの右目をタオルで強く叩いた。一瞬で近くに寄って来た私を見て、他のメンバーが逃げ出していく。

「おい、待てよ!! 待てって、おい!!」

 右目を押さえて悶えていたリーダーにもう威厳なんてものは無かった。彼女の長い金髪を掴み、ブチブチッと千切れた頭皮ごと放り投げた。染め過ぎで頭皮も弱ってたのかな?

 悲鳴を上げるリーダーをタオルで何度も何度も叩く。これはストレス発散にとても良い。やられたからやり返している、というよりも、たまにはやってみる側に回ったらハマっちゃった感じ。

 痙攣してほとんど動かなくなったリーダー。こういう時は慈悲の一撃を加えないといけないってミッちゃんから借りたマンガで読んだな。さっきミッちゃんに刺した包丁を引き抜く。思ったよりは血が吹き出なかった。

「最期に言い残すことはある?」

 尋ねると、リーダーの口が少し動いた気がした。殺してくれ、って言われた気がする。気のせいか。

 右の頸動脈を切ってから、左の頸動脈、そして腎臓の辺りに差し込んだ。返り血で全身ずぶ濡れになってしまった。洗うのメンドクサイな……。

 とりあえず水道で手と顔を洗って、公衆トイレから出た。辺りはすっかり暗くなり、外灯が所々を照らし始めていた。家に帰らなきゃ。

 歩く度にミッちゃんのことを思い出す。

 小さい頃から親友だったミッちゃん。

 小学生の頃、裏山で大怪我した私を必死に励ましながら連れ帰ってくれたミッちゃん。

 深夜の中学校に忍び込んで、一緒に校庭へミステリーサークルを作ったミッちゃん。

 地元から離れた高校へ進学しても偶然一緒になったミッちゃん。

 クラスで一番人気の男子に声をかけられてからイジメられるようになったミッちゃん。

 庇ったら私までイジメられるようになり、それに対して涙を流しながら謝るミッちゃん。

 お互いに殺し合えと命令され、わざと私に刺されたミッちゃん。


 もう動かないミッちゃん。


 涙は不思議と流れなかった。もう私は血も涙もない悪魔にでもなってしまったのかもしれない。そうだ、私は悪魔だ。それが良い。

 家に帰るのは止めよう。私は裏山へと向かう。強い雨が振り始めた。

 私が怪我をしてから数年経つけど、ミッちゃん家の裏山は昔遊んだ頃から何も変わらない。

「ハルちゃん!」

 不意にミッちゃんに呼ばれた気がした。その方向を見ると、太い木の枝からロープがぶら下がっている。あれは私が大怪我をした原因、ターザンごっこをした時のロープだ。まだ残ってたんだ。

「ミッちゃん……そっちに居るの……?」

 ロープへと近付く。途端に地面が崩れ落ち、支えを失った身体が宙に浮かんだ。掴もうとしたロープが私の首に絡まった。

 骨の折れる音と共に私は意識を失った。


 悪魔が生まれ、死んだ。

 

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『私は悪魔』 紅茶党のフゥミィ @KitunegasaKiriri

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