星と罰

いけだ・ねお・らいおん

第1話 始まりの獣

白と黒。

色のない世界の記憶だけがあった。

その世界では何を食べても同じ味で、何を聞いても同じ音。気温は一定で熱い寒いもない。誰と遊んでも感情が揺れることはなく、どこから生まれたかもわからない。

違和感はない。すべてが等しく何もない、それが当たり前だった。


ある日、一つの果物が落ちてきた。それはあまりにも異質で恐怖を感じた。今まで出会ったどんなものよりも燦爛と輝くそれは、艶やかで、僕の心を砕いた。綺麗という概念を初めて知った。ひび割れた大地に一滴水を垂らすように乾ききった僕の心はそれを爆発のように際限なくそれを求めた。意味がないとわかっていたのに。

興味、感動、恐怖、好奇。僕はいろいろなものがぐちゃぐちゃになった感情を伸ばした。しかし、それも皆同じだった。貪られるように求め続けられた果物は一瞬で無くなってしまった。その日を境にある人は怒り、怒号を放つ。またある人は悲しみ、涙を流した。僕は酷く後悔をし、ただ願った。


目を覚ますと懐かしい空気を感じた。手を握ると砂だけがつかめる。小さな白い砂が細かな風紋を広げ凹凸のある丘を撫でていく。関節を曲げると軽い痛みが走るが問題はない。立ち上がろうとしたが周りにつかめるものが何もないので枯れ枝を支えに三点で立ち上がる。(ここはどこだろう…)いままでいた場所と感覚は同じだが明らかに違うということだけがわかった。辺りを見渡しても同じ風景が続いている。方角も何もかもわからなかったが進まなければいけないという衝動だけが背中を押し枯れ細った木の枝を前に進ませた。


少し歩くと突然目の前の砂が盛り上がった。無限にも続いていくかと思われた景色に突如現れた異常に目が向いた。しかし、砂の中から現れたのは最初の感情を裏切るものだった。紛うことなき獣。一匹の獣が目の前に現れた。が、不思議と恐怖はなかった自分よりもはるかに強大な体躯と、誰かを傷つけるためだけの牙と爪を持つそれを前にだ。動物園の動物を見ているように、子供の時に大人とすれ違うように。その獣の牙が、爪が、自分を傷つけるなんて微塵も思わなかった。そのようなありふれた風景を前に悠然と獣の前を通り過ぎようとした。

しかし突如として獣が襲い掛かってきた。獣が自分を押し倒し、上にまたがる。爪が肩に食い込むが痛みは困惑と恐怖に打ち消される。今生の別れのように獣と目が合い牙が自分の喉元に届きそうになったその瞬間、獣の腹をぶち破った手が目の前に現れた。


「握手をしようか。少年。」


そう獣越しに話しかけられ初めて獣を殺した物が人間で、声色から女性ということが分かった。獣を貫いて差し出された手は爪は鋭く、誰かを傷つけるような手だったが恐怖から解き放たれた安心感から手をつかんだ。獣は息絶え、大地と同じ白い砂に変わり世界に溶けていった。そこで彼女の全体がようやくとらえられた。

とても美しい女性でブロンドの少し曲がった髪が腰まであり、身長は女性にしては高め、スタイルが良く、白い砂塵の中を通ってきたからかマントを羽織り、ゴーグルを頭につけていた。

つかんだ手は暖かく血塗られていたが、獣とは違う。自分の手が冷たくなっていたこともあって安らぎを与えてくれた。

彼女の手と自分の手がつながった。これが物語の始まりだった。







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