おまけ編
1,屋敷でのその後
あれから二週間ほど経った後、リングハルト家別邸――
屋敷一番の大広間にて、メイはとある人物に跪いていた。
その人物というのは、言わばこの王国の姫
――第二王女だった。
メイは王国に属する下位貴族、上位貴族相手ならまだしも、この国の王族ともなれば膝を突かなければならない。
豪華な椅子や調度品を部屋に持ち込み、彼女の周囲だけはこの屋敷と雰囲気があまり調和できていなかった。
しかし、持ち込んだ本人は気にしてもいない様子だった。
この場はメイと姫の二人しかいない。
メイがまずは姫に、先手を取って言った。
「まずは、助けていただきありがとうございます。おかげで命拾いしました。」
「それはこの屋敷の異常に気付いた先行部隊が勝手にやったこと。あなたは気にしなくてもいいわ」
姫は椅子に傲慢な態度で座り、メイに問いかける。
「それで、リングハルト家の当主どこへ行かれましたの?たしか記憶によると、わたくしに執拗にへつらう随分暑苦しい男だった気がしますの」
メイより随分幼い声で、ややけだるげにそう聞いてきた。
その姫の様子と声色だけで、彼女がどんな性格なのかおおよそ察することができた。
メイは顔を下に向けながら、その問いに答える。
「この家の当主は、急逝しました。現在は当主の娘であるこのメイスザーディアが彼に変わって執務をこなしています」
ただ単調に事実を述べるメイは、まるで機械のようだった。
すると姫は、喜ぶような笑みを浮かべるが、言葉だけは平静を装った。
「ふーん、まあいいです。あなたがメイスザーディアね。わたくしは当主を含めたあなたに用があるだけですので……
――では短刀直入に聞きます。これはあなたが作り出した物ですね?」
そう言うと、姫はとある容器をメイの前に投げた。
床に硬いものがぶつかる音が響き、その容器はちょうどメイの目の前に転がってきた。
メイはその容器に見覚えがあった。
姫は続けた。
「なるほど、その様子はそうなんですのね。この薬は今や王都で高額で売買されています。一つでも買えば、貴族ですら家の財産が危うくなるほどです」
「そして、この薬の出本を徹底的に調べたら、あなたが町の商人に流したものだという疑惑が掛かりました。まあ、何故貴族の娘が市井なぞに居るのかは疑問でしたが、その様子では、わたくしがはるばるここまで来た苦労も、報われるというものです」
メイは、ただそれを黙って聞いていた。
姫は更に続けた。
「……話を戻しましょう。この国の王であるわたくしのお父様は、あなたにこれらの薬の量産を望んでいます。そして、それが実現できたのなら。リングハルト家は王都に居住を構えても良いと……」
それはメイにとって願ったり叶ったりであった。
王都に居住を構えるというのは、上位貴族のそれも更に上位の者らにしかできない事であった。
それは実質的に、リングハルト家はかつての立ち位置に返り咲いたと言ってもいい。
そこまで厚遇なのは、やはりメイの薬が常識では考えられないような効能を示すからである。
しかし願ったり叶ったりであると言ったが、それは少し前のメイならば、という条件が付く。
今の彼女の願いは違う。メイは姫の名を呼んで彼女に願った。
「ミシュア殿下、王の願いは仰せのままに。その事を成すために私はその地位も報奨も要りません。しかし、一つお願いしたい事があるのです」
姫は頷く。
「何なりと聞き入れます」
「私の婚約者が不届き者らによって連れ去られてしまったのです。どうかこの手に取り戻すために、何卒ご助力を……」
姫はそれを聞くと、慌てだした。
それもそのはず、貴族の婚約者ともなればその相手も貴族のはず、それが攫われたとあっては、間違いなく一大事であった。
だから、驚いてメイに聞いた。
「まあっ!それは大変、それはどこの貴族の方ですか!?」
姫が終わてると、メイはどこか申し訳なさそうに告げた。
「いえ、それは………その……大変言いにくいのですが……」
姫は何かを感じ取ったように、にんまりとした笑みを浮かべて言った。
「…なるほど………身分制というものはつらいですわよね。わたくしにもその気持ちは大いにわかります。しかも………」
「――その腕………あなたが人間をやめてしまったのも、その人のため……ですわよね?」
姫は跪くメイの手首に表れている表皮を見て言った。
そして、メイの願いを快諾して言う。
「分かりました。いいでしょう!この第二王女ミシュアの名において!お父様からはほぼすべての権力を授けられています。各町に指名手配し、国境の検閲も厳しくします。国外に出ない限りは時間の問題でしょう………」
メイはそれを聞くと、安心したように静かに言った。
「ありがとうございます」
姫は思い出したかのように言った。
「そういえば、先行部隊の報告にもありましたわね。逃げたのはたしか、三人組だったとか。残りの二人は殺しても構いませんの?」
「いえ、できれば二人とも生け捕りに………自らが犯した罪を、その体で償わさせてやります」
「あら、随分と健気なことね。気に入ったわ。わたくしもお姉さまを早くあの世に送ってやりたいと、いつも思っているわ」
「ふふ、お戯れを……」
「あら、冗談に聞こえたかしら?ふふ」
この二人はほぼ初対面だったが、しかしまるで何年も共に居た親友かのように見える。
二人の粘度の高い笑いが、部屋中に響いていた。
しかし話し込んでいる途中で、突然メイの顔色が悪くなり――
「殿下、申し訳ありません、少し席を外させていただきます」
さっきまで朗らかな空気だったが、一変する。
「あら、顔色が悪いわよ。体調でもすぐれないの?」
姫がメイの様子を見て心配する。
「ええ、まあ少しだけです。失礼します」
メイはそれでも毅然とした優雅な足取りで、部屋の外へ出る扉と向かった。
そして部屋の中に残った姫が一人でぽつりと呟く。
「…………女というのも楽じゃないわね………」
――その後、部屋を出たメイはトイレに駆け込んだ。
着いた瞬間に、朝無理やりに食べた物を吐き戻した。
彼女はこの症状を体験したことは無かったが、知識としてはこの症状の原因を知っていた。
「……………これも、女性としての私の勤め……彼のために、必ずや立派に育て上げて見せるわ………」
――彼女は薄暗い個室の中でやさしく、愛おしそうにお腹を摩り、
そして決意を新たに胸に秘めるのであった。
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