76,賭して
――そこからは瞬く間も無かった。
気づいた時には――
フィアルの目の前に、
メイがいつの間にか居て、
右手に持つ剣を横薙ぎに払う瞬間だった。
「――っ?!」
間一髪でフィアルはその払い切りを同じく右手に持っていた剣で防ぐ。
金属同士がぶつかったとは思えないような、鈍い音があたりに響いた。
メイはその一撃が防がれた事が分かると、一旦引いて体勢を立て直すのではなく、そのまま別角度からフィアルに肉薄した。
そしてそのメイの表情は、未だ幼さが顔に残る少女のものではなかった。
フィアルはまた斬撃を防ぐ。
それからメイは、一方的にフィアルを剣で乱雑に切りつけ続けた。
それは果たして、剣術と呼べるようなものなのだろうか。
剣を握ったことも無い素人以下の俺でも、その動きが技術のある太刀筋なのか疑問に思えた。
しかしその動きは女性とは思えないほど素早く、ギリギリ目で追える程度のものだ。
だが目で追えたところで、その斬撃の線が見えた時に防いでいるのではもう遅い。
メイの相手が俺だったら間違いなく一瞬で、のされているだろう。
しかし、フィアルの大口を叩いた事だけはある。
初撃は不意を突かれたとはいえ、その後の斬撃をうまくいなしている。
しかし、防御で手いっぱいなのか、メイに反撃するまでには至っていない。
それもそのはず、フィアルの剣は形状的に切り裂けるものではない。
レイピアは本来間合いを取り、剣のリーチの差で勝負するものだ。
そもそも、護身用としての武器で攻撃に特化しているわけではない。
しかし、フィアルの武器はレイピアとしてしか使えないものではない。
あの離れた場所を剣で切り裂いたような攻撃ができるはずだ。
しかし、それも今の間合いを詰められた状況では、難しいのだろう。
そう言った意味で懐に入り込んだメイは、合理的な判断なのかもしれない。
そしてその俺の予想は、どうやら当たっていたようだ。
フィアルはメイの連撃の最中、力を込めてメイの剣を跳ね返し、後方に飛び退く。
そして魅せるあの居合のような構え――それはあの広場で見たものと同じものだ。
しかし、メイも次の瞬間にはフィアルの目の前に居る。
そして繰り出される乱撃、力任せに剣を振る。
フィアルがまた飛び退くが、メイはそれにすぐ反応、追随し懐に入り込む。それが数度あった。
さすがにメイの体の負担がすごく、すぐにでも破綻しそうな動きだ。
しかし、彼女は疲労というものを知らないのか、速度が衰えることは無い。
どちらかと言うとフィアルの方が押されているようだった。
それを傍から見ていたミーニャは俺を手に持ったまま呟いた。
「あーあ、防戦一方じゃないですか。トピア様の前でいいとこでも見せようとしてたんですかねー?でもこれじゃ、無駄に時間がかかるだけでしょうね……さて我々は逃げる準備をしましょうか」
そのあたかも他人事の発言に思わず彼女に言った。
「ミーニャ、もう俺の事はいいからフィアルに加勢してあげて」
俺のその言葉に、ミーニャはやや不満そうに答える。
「え?でも彼女が言ったんですよ。真剣勝負がしたいって。横から水を差すのは無粋ってものですよ?」
「そんなこと言わないで、もうそんなこと言ってる余裕もなさそうだから」
……俺はメイのことは頭に無かった。
俺は彼女に対して、良い感情を持っているとは言えない。
彼女の事を考える余裕はもう俺には無かった。
「トピア様がそこまで言うのでしたら………」
ミーニャはそう言うと、俺の体を道の傍らにゆっくりと下ろした。
そして、俺の四肢を改めたように視線を巡らせる。
「その手足、痛みませんか?」
心配したように俺に聞いてきた。
「大丈夫、もう慣れてるよ………」
正直言うと、まだ痛みはある。
でもこんなところでミーニャに余計な心配を抱かせたくなんかない。
「そう………ですか………安心してください!すぐに終わらせますから!ここでうたた寝でもしといてください」
それは互いに空元気なのか、それとも実際気力が戻ってきていたのかもしれない。
「うん、じゃあそうさせてもらうよ」
俺も気楽にそう返事をした。
ミーニャが言ったその終わらせるという言葉が、どういうものか俺は理解していた。
がしかし、俺は頭で考えないようにしていた。
そして、ミーニャは俺を気に掛けながらも、手にいつものナイフを持って走って行った。
フィアルは戦いながらミーニャで何か言い合いをしていたが、すぐに押し黙り戦闘を継続した。
そこからの剣戟は一方的なものだった。
二人は以心伝心が如く、見事に息が揃っていた。
フィアルが、メイの剣を捌き、ミーニャが横やりの攻撃を入れる。
二人掛かりとは言え、メイはそう簡単に倒せる存在ではなかった。
しかし今まで攻撃しかしなくてよかったメイは、ミーニャが加わったことにより、防御もしなくてはならなくなった。
やがて、押していたはずのメイが二人掛かりの攻防により、押され始める。
そしてミーニャがメイに攻撃をした瞬間、フィアルが再び後ろに飛び退いた。
それはフィアルのあの攻撃は放つ先触れだった。
そして、フィアルは声を張り上げて叫んだ。
「ミーニャ!!!」
その声を聞いた瞬間、呼ばれたミーニャはその場から高く飛び上がる。
まるで事前に打ち合わせをしていたかのように、通じ合っていた。
そして、放たれる空気を問答無用で横に切り裂くあの斬撃――
もう完全に勝負が付いたのだ。
人間の身体能力にはやはり限界がある。
獣人のミーニャのように高く飛べないメイに、横一文字に放たれたあの斬撃は避けようがない。
俺は思わず、その瞬間に目を瞑った。
辺りに風圧が発生した。
そして、俺はすぐに目を開けて様子を確認しようとした。
視線が開けると――
――先程までメイが居た場所に彼女は居なかった。
どこに居たかと言うと――
――道の傍らで座っている、俺の目の前に居たんだ。
なぜこのことが予想できなかったんだ。
メイが、直接俺を奪還するということを………
しかし、メイは俺を取り戻そうとしていたわけではなかった。
なぜなら――
メイの右手はその手に持つ剣と共に
初めにフィアルに肉薄した時と同じ構えを取っていた。
それは、横薙ぎに人を剣で切り払うための構え――
――その刹那の後、俺の耳には人肉を切り裂く音と、体から出る血も弾ける音だけが残った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます