75,触発
「――あっ……!」
俺はミーニャの腕の中で短く驚嘆の声を上げた。
時刻は深夜、辺りは本来なら真っ暗だ。
でも、屋敷からわずかに漏れ出る灯りが彼女の存在を現した。
そこは屋敷から門への一直線の道――その門側の道の真ん中に居た。
――その人物は、腰にレイピアのような細い剣を腰に差し、夜闇をそのまま映したかのような髪色を持ち合わせていた。
そしてその髪を後ろに一房に束ねている。
ただ、彼女とは初めて会ってから、まだ二、三日分しか一緒に居なかったのに、その風貌ですぐに彼女だと分かった。
しかし、彼女はあの時見たものとは違った箇所があった。
頭の上部側面から左右に生える、普通の人間ではありえないもの。
それは、言うなれば動物の角――真っ直ぐに生えているわけではなく、若干巻いているものだった。
でもそれ以外は紛れもない。数日前に見たフィアルのままだった。
そしてその人物に相対するように、屋敷側にまた違う人物が居た。
その人物の説明はする必要もないだろう。
メイだ。
よく見ると彼女は俺がいつか見た剣を握っている。
夜の暗闇の中、屋敷の薄明かりが金属部分に当たって反射している。
――屋敷の二階から飛び出たミーニャと俺は、そのメイを大きく飛び越えた。
そして、フィアルまでも飛び越して彼女の後方へ着地した。
このミーニャの跳躍力は尋常ではない。
彼女の足のどこにそんな力が詰まっているというのだろうか。
明らかに人間離れして……いや、というかそもそもミーニャは人間ではないんだろう。
フィアルはと言うと、あの剣に手を掛け、前方を見つめていた。
その見つめている先は、言うまでもなくメイだった。
誰がどう見てもそれは和やかな雰囲気ではない。
地面に着地したミーニャは、フィアルの方へ振り返り言う。
「目的は達せました。さっさと撤退しますよ!」
しかし、フィアルはその呼びかけに姿勢を崩さない。
「いいえ!これは絶好の機会!ここであいつを仕留める。でないとこの前みたいにまた同じことの繰り返しよ!」
??――ミーニャの性格を考えると、ここでさっさと逃げてしまうかと思ったのだが……
フィアルも何故か、ミーニャの問いかけに律儀に答えている。
確かにこの二人はあの時のように、どうしようもない時は、嫌でも協力せざるを得なかったのだろう。
でも今は、そのどうしようもない時ではない。
ミーニャはフィアルを囮にでもして、問答無用で逃げ戻るのかと思っていたのだが………
この場合、互いに協力し合うのは利点があるが、彼女らの性格からしてそれは直感的に違和感があった。
「そんな必要ありますか?ここで時間を浪費するくらいなら、さっさと遠くに逃げればいいんじゃないんですか!?」
「いいえ、少なくとも行動不能にはしないと、今、この場からすら逃がしてはくれないでしょうね!そして行動不能にしたのなら、必ず息の根を止める!」
「だったら、私も手伝います!二対一ならさっさとけりも付くでしょう」
これは止めた方が良いのだろうか。俺はなんとも、複雑な面持ちであった。
「これは私が言い出したことだし、周囲に何があるか分からないわ。だからあなたはアルを守って。それに私は混じりっけの無い真剣勝負がしたいの」
「そんな格好つけたこと言って一人で勝てるんですか?もしあなたがやられたら、否応無しに置いていきますからね」
「問題ない、余裕よ余裕――この剣さえあれば一瞬だわ」
フィアルはこちらに振り返らず、しかしその声色から笑みを浮かべているであろうことが読み取れる。
徐にフィアルの腰に携えた剣を見る。
――そしてその奥に居たメイと一瞬だったが――
――視線があってしまった。
こちらとしては、なんとなく気まずい空気になる
その瞬間メイはそこに俺の存在を認める。
すると狂乱したように大声を上げた。
「――ああああああああっ!!!!!」
その金切り声のような叫びを聞いて、門側に居た三人とも声の方向を勢いよく見た。
そして三人の視線の先に居る。メイは俯きながらぽつりと一言。
「返せ…………」
そして彼女は足早にしかし歩幅を狭めて、こちらに肉薄してくる。
間もなく彼女は取り乱し、それまで気品のあったはずの人格が激変し、声を荒げる。
「返せ!返せ!返せ!返せ!!返せ!!!
あたしのトピアを返せ!!お前ら亜人共の汚らわしい手なんかで彼を触るな!!!」
メイは、今まで見たことが無いくらいに険しい表情になり、それはあまりに恐ろしくあまりに近づくのは憚られる。
そして彼女は続ける。
「何のために彼を隔離したと思ってる!!あなたよ、あなたのせいで彼が狂ったからよ!!お前が近くに居るとまた彼が狂う!!今すぐ彼から離れろ!!!」
メイは明らかにフィアルの方向を見ていた。
しかし、メイにその肉薄にフィアルは冷静に言葉を返す。
「狂っているのは明らかにあなたの方でしょ…
…やっぱり何を言ってるのかさっぱりだわ。アルはずっと私の傍にいて幸せそうにいたのに、そんな事あるわけないじゃない」
彼女らは、おそらくかつての俺の話をしているのだろう。
しかし、何があったのか知りえない今の俺には、一つも理解できない。
冷静なフィアルと対照的に、メイは怒りが常に心頭に達している。
「これだから低脳で阿保な亜人は嫌いなの!!彼の表面上しか見てないくせに!!あたしよりもずっと彼と居たくせに、何を見てたの!?」
メイは相変わらず怒声を上げているが、その割には未だ理性でその身を押さえているようだった。
そして、フィアルが相手を嘲笑するように言った。
「それもどうせあなたの妄想でしょ?それとも何?時間でも稼ごうとでもしてるの?
あなたみたいな自己中心的で身勝手な人間が、彼の心を掴めたわけ?」
――だが、その意図的ではないフィアルの挑発が、火薬に直接火をつけた。
メイ自身も、その言葉が自分の痛い所を突いている事を十二分に理解していた。
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