5、整理しよう



 取り残された部屋で俺は今日起きてから起きたことを頭の中で整理し始める。


 まず分かったことを列挙しよう。


 ここは異世界だ、言語はなぜか通じるし理解もできる。

 ご都合主義だって?そんなものは創作物の中にしかない。つまり何かしらの理由があるはずだ。


 この体が記憶を自らの手で消したのだとして、例えばもし自分で消す範囲を指定できるのなら、この世界の言語だけを残してあるのはまあ理解できる。だとしたら前のこの体の持ち主は自暴自棄になったわけではないだろう。そんな状態で俺だったら人生の全ての記憶を消しているだろうから。


 一先ず、身の回りには危険がなく、この世界での衣食住も何とかなりそうだ。

 メイスザーディア様は(メイド長に言われたのでこの屋敷の主である彼女は、自分の中でメイスザーディア様と呼ぶことにした。お世話になっている身だし体裁も大事だろう。)俺に恩があるといっていたが、それが記憶にない俺からしたら衣食住が整っているのはかなり運がいい方といえるだろう。

 屋敷の敷地外には出るなと言っていたが外は危険なのだろうか?


 メイドの二人、片割れは何やら不服そうだったが、それでも俺のお世話をしてくれるらしい。

 待遇としてはまるで夢のようだ。本当に夢だったとしてもしばらくは謳歌しようと思う。

 夢ではないことは体の感覚から明らかなのだが。


 分かることはこれくらいか。


 分からないことの方がはるかに多い。とりあえず挙げていこうと思う。


 まず、なぜ俺はこの体で意識があるのか?日本での俺はどうなったのか?


 前世という言葉はあまり使いたくない、その言葉はつまり日本にいた俺は死んだということになるからだ。別に死んだならそれでよかったのだが、死んだという記憶も証拠もないなら俺はその言葉を使うのがなんとなく嫌だった。


 この体の主は何者だろう?

 メイスザーディア様の様子からすると彼女もこの体の主の名前を知らないのであろう。

 勝手に『トピア』と名付けられたのは少し不満があるが、俺も何も覚えてないのだから受け入れよう。

 メイド長が言うからには体の主の身分は貴族ではなく平民なのだろう。


 何故記憶が無いのか?

 メイスザーディア様は俺自身で記憶を消したといった。何故?どうして?何のために?

 彼女が俺の体の名前も知らなかったことから察するに出会って間もなく、まともな出会い方ではなかったのだろう。今まで体の主は何をやってきたのだろう?


 自分の口調が変わっているのはなぜか?

 一人称も『僕』になっているし、頭蓋の中で考えたことと口に出す言葉が一致しない。

 違和感があるが特別に不快感があるわけでもないし、理由が分からないなら特に気にしなくてもいいか…


 他にも分からないことは山ほどある。

 この世界のこと、

 恩とは何か?これは当人に聞けばすぐわかるだろう。しかし、平民で記憶もない俺を屋敷でかくまうだけの恩とは何なのだろうか?

 なぜ屋敷から出てはいけないのか?

 そしてメイスザーディア様、彼女は俺に何か、、何かを隠している気がするのは気のせいだろうか?


 とりあえずこんなものにしとこう。


 そして俺は自分の体を見る。(もういちいち体の主だ、と考えるのは面倒なので、意識は俺なのだし俺の体ということにしよう。)

 元の体からすれば縮んだ幼い四肢。歳は分からないが中学生位だろうか。


 大人になったときは子供に戻りたいなんて願望があったが実際なってみても実感がなく、漠然とだが、ラッキーという感想しかない。

 メイスザーディア様は俺のことを子供だと認識しているだろう。そこに付けこむというと悪者のような気がする。だが、せっかく異世界に来たのだから少しばかり生きてみてもいいのではないかという気がしてきた。


 そして、この世界のことを何も知らない俺が生きていくには何かしらの助けが必須だ。

 そこで俺に恩があるという彼女に保護欲をかき立たせ、外の世界の障害から守ってもらうのだ。


 こんな宿主に媚びを売る寄生虫みたい奴は、俺だったら軽蔑の対象だ。しかし、今はこれしか手が無い。そのうち自分一人で生きられるようになったら保護してもらった恩を返して生きていけばいいと思う。


 そんな打算的な考えをしていると扉がノックされる。


「トピア様、お食事の準備ができてございます。」


 思ったよりも早かった。

 その言葉を聞いて俺は思考を止めた。

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