第三七話 探索へ出発

 クローは大きく伸びをした。

 身体のあちこちで骨の音が鳴るが、身体の疲労感は全く無い。夢も見ずに深い眠りに入っていたのか、とても爽やかだ。こんな感じは、セネルの団にいた頃以来かもしれない。

 こんな石床に寝ていたら、身体のどこかが痛いはずなのに、どこも痛くは無い。

 そうこうするうちに、良い匂いが漂って来た。途端に腹の虫が鳴き始めた。


 空を見上げると、どうやら朝日が昇ってまだ間もない時間だ。いつもより遅く起きてしまった。隊の規則では、日が昇る前に準備を整えて、朝日が昇るのと同時に行動開始をしなくてはならない。

 その証拠に、緑色の狼煙が上がっている。

『行動開始』の合図だ。


「しまった! 寝過ごした! ボックス起きろよ!」

「まあまあ、ご飯もできたよ。朝はちゃんと食べないとね」


 慌ててクローが身支度を整えていると、のんびりとした声がかかる。その声と匂いに惹かれてか、ボックスがもそもそと起き始めた。


「うっせ〜なぁ。いい気持ちだったのに」


 あくびをしながら起き上がり、上半身を曲げて軽く体操をしているが、その目は閉じられたままだ。だが思い出したように、突然目をカッと開き叫んだ。


「はっ! ルシアは! 目ぇ覚ましたのか!」

「眠り姫は、こっちだよ。そろそろ起きるかなぁ」

「ウ〜ン」

「ほれほれ、そろそろ起きなよ」


 確か寝る前は、ボックスの隣だったはずだが、なぜかオレウスの背後に移動していた。オレウスが振り返り、ルシアの頬を指で突っついている。クローには、オレウスが金色の光を発し、何かを発動させたように見えた。

 この後、ルシアの悲鳴とボックスの怒声が飛び交う一悶着があったが、割愛しておこう。


「今日も天気が良いね」


 そう呟いて、クローは一人空を見上げながら朝食を頬張った。アルヴの堅パンは、ほんのり甘くビスケットのようで美味しかった。


 ◆


「今日は隣の神殿の探索だな」


 床に地図を広げて、何やら書き込みをしているボックスが、今日の予定を確認してきた。昨日の探索で発見したものを書き込んでいるようだ。


「そうだね。ルシアは、身体は大丈夫なのかい」

「う〜ん、身体のあちこちが筋肉痛っていうか、突っ張ってる感じだけど、強化訓練で慣れてるから大丈夫だよぉ」


 身体を伸ばしたり腕を回して確かめたが、部分的に痛みが走ったのか顔をしかめた。クローに心配させたくないのか、直ぐに笑顔で答えた。


「おい、ちびっ子」

「なんだい、脳無し」


 眉間に皺を寄せ、地図を食い入るように見ていたボックスが、呼びかける。また、不毛な争いが始まるかと思ったが、どうも二人の仲で折り合いがついたらしい。


「お前は神殿の中には、入ったことがあるのか」

「フッフフ〜ン、無いよ。何かの術がかかっているらしくて、ボクじゃ〜、扉を開くことが出来なかったよ」


 ボックスを挑発しているのか、妙に偉そうに胸を張って、とぼけた答えを言った。しかし、ボックスはそれには乗らず、オレウスの話を流した。


「ふむ、そうなのか。一度神殿を調べてみて、もし入れなかったらどうする?」

「あ、あたしは、湖も見たいなぁ」


 朝の一悶着で二人の仲を知ったルシアは、すかさず自分の希望を押し付けた。昨夕の湖の美しさを堪能したので、近くに行ってみたいのは本心からだろう。


「いや、その時は一旦本隊と合流しようよ。この地域の報告をした方が良いと思う。まぁ、隊長の雷は覚悟しなきゃだけど」

「その〜、だったら神殿に入る前の方が、いいんじゃないかなぁ。隊長たちと一緒の方がいいと思うけどぉ」


 他の建造物はかなり崩壊が進んでいる。まるで何者かに壊されたように無残な姿をしていたが、神殿と思しき建物は、ざっと見た感じでは損傷は無さそうだった。だからこそ、本隊を呼び寄せる前に調査を行った方が良いと思う。きっと命令にあった『重要なもの』とは、ここに在るのではないかとクローは推測していた。


 一方、隊長の雷と聞いて、ルシアは腰が引けていた。ここまで来てしまったのは、明らかに命令違反であるのだから。


「バカだなルシア、そんなことしたら俺たちは、ぜってぇ後方待機だぜ。中なんか、見させてもらえないぞ!」

「うっ、う〜ん、クロー君はどう思う?」


 ボックスに煽られルシアの心の天秤は、好奇心と隊長の雷の間でグラグラと揺れていた。迷いに迷って自分で判断を下せず、思わずクローに委ねてしまった。


「そうだね。建物の損傷が無くて、中に入れないということは、百年前の営みが、そのままの状態で保存されているかもしれないね。それを最初に観れるのは、素敵なことだよ」

「うう、ダメなのにダメなのに怒られるのに……ふぇ〜ん、分かったよぉ〜」


 クローの何気なく言った感想に、ブツブツ言いつつもルシアは自分の好奇心に負けて堕ちてしまった。


「これで決まりだな! で、ちびっ子はどうするよ」

「ボクも後で参加するよ!」


 ボックスの問いかけに、オレウスは勢いよく返事をしたが、そのまま立ち上がって、クルリと一回転をすると左足を後ろに引いて、右足を前に伸ばし、そして、シャツの裾を指で掴んで伸ばした。妙なポーズをとったが、何の意味があるのだろうか。


「だってさぁ、さすがにこれじゃあねぇ。ちゃんと装備を整えて行くから、先に行ってていいよ。時間が勿体無いしね」


 自分の荷物をバシバシ叩きながら、クローたち三人に先に行くように促した。


 そういえば、今まで気にしていなかったが、オレウスは安全な街中を散歩に出かけるような服装をしていた。昨晩、出会った時からそうだった。

 膝下までの黒いズボンに、短めの白い靴下。爪先が少し尖ったツルツルとした質感の靴。光の加減でキラキラと輝く丈が長めのシャツを着ていた。危険をともなう廃墟の探索に向かう格好ではない。


 何なんだコイツは。


 改めて見るとおかしなヤツだった。そもそも、会ったばかりの者なのに、長年の付き合いがある仲間のように自然と輪に入り、ボックスもルシアも疑うことなく受け入れている。

 妖精族の力だろうか。

 クローは急に不信感を覚え、思考の海に漂っていたが、ボックスの大声に遮られてしまった。


「分かったから先に行くぞ。ただし! 昨晩みたいのは無しだからな!」


 もう、これ以上混乱させられるのはゴメンだと、ボックスはオレウスに念押しをしていた。


 朝食を済ますと、ヒト族の三人は、そくささと探索に必要な装備を持ち出して塔から出て行く。今までいた塔の最上階から、オレウスがにこやかに手を振っている。その見送りに手を挙げてクローは応えた。


 ◆


 クローたち三人が街道に出て正門へ歩いて行くと、神殿の壁に視界を妨げられて姿が見えなくなった。


 彼らは門を開けることができるだろうか。

 コアを持つ者は、開けることが出来ないと彼女は言っていた。逆に言えば、は開けることができるということだ。今さら心配してもしょうがない。たとえ開くことが出来なくても彼らの仲間は多くいる。その中の誰かが開けることができるだろう。

 ここで開かれる予定と定められている。


 さて、そろそろ準備をするとしようか。

 何が出てくるのかわからないが、楽しみだ。


「フフフ、楽しませてくれよ」


 オレウスは、呟き口端を吊り上げた。

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