第三六話 ヒト族とは何なのか
「それで、君は何者で、何しに来たの? そのまま、君を信用していいのか判断に困る」
「なんでも聞いて! 聞いて! 別に隠すことなんてないから!」
色々と衝撃的な(?)ことがあったため、状況を整理していきたいとクローは思っていた。
不運な(?)遭遇で、ボックスとルシアは倒れたが、オレウスはどうやら我々に危害を加えようとはしていない。かと言って、信用できる味方とも言えない。アルヴのほとんどは、ヒト族を下等な種族とみているからだ。
「じゃあねぇ、あまりヒト族には馴染みがないだろうから。ボクはね、ヘリクリサムのレンジャーさ。見ての通り、
「ヘリクリサム?」
「ヘリクリサムはね、我が光の王ルクスの治める領域で、年中あったかくて花が咲き乱れていて、とても綺麗な場所だよ。ぜひ、一度来て欲しいね!」
世界には、そんな楽園みたいな場所があるのか。できるものなら行ってみたい。
「ヘリクリサムのアルヴは、みんなお前みたいにチビなのか?」
「あ〜ん、チビってなんだよ! チビって!」
また余計なことを!
ボックスが、余計な一言を挟んで、オレウスがそれに反応した。クローはまた不毛な争いが始まる気配を感じ、ボックスを睨みつける。
「え、あ、いや、アーカディアのアルヴは、もっと背が高くて落ち着いた感じだったから……」
「ごめんね! 子供っぽくて! こう見えても二百歳は超えてるんだけど! それに、まだまだ成長期だし!」
「成長期って、どんだけ長生きなんだ……」
ボックスは、オレウスの年齢を聞いて、愕然としていた。アルヴと直に接するのはこれが初めてで、聴くのと見るのでは差が大きい。
「ノックスの気候とは、とても違うんだね。ノックスは年の半分は冬だから……。それで、レンジャーって?」
「う〜ん、簡単に言うと探索や調査を任務にしている人かな。世界各地を渡り、敵を発見し、撃滅する。それが任務だ」
後半は、オレウスの声色が低くなって雰囲気が変わった。その圧力を感じて、二人の背中に冷たい汗が伝う。
「て、敵って?」
「それは、君たちには関係ないことだよ。今は、まだね」
これ以上、この件について追及すると危険な感じがした。ボックスと視線を交わすと彼も同じように感じたのか、無言で頷いた。そして、クローは別の質問に変えた。
◆
「さっきの結界の話だけど、何で馬は通れたの?」
「ヒト族の乗っている馬は改良型なんだよ。コアを持たないように作られている。おかしいと思わないかい、何であんなに従順なのか。本来の馬は、もっと荒々しく強靭だよ」
確かにそうだ。それでは、ヒト族に飼われている豚や牛、羊や山羊もそうなのか。誰がどうやっているのか、疑問は尽きず知りたいことは山ほど出てくる。しかし、今は先に進めよう。
気付くとオレウスが、あの目でこちらを見つめ、頷いている。
「もちろんコアがないヒト族は、結界にかかることはない。我々にとってもそれは誤算だった。ここまで到達するのは、まだまだ先のことだと思っていた。少なくとも大紫狼との戦いに勝利してからだと……」
「だが、僕たちはたどり着いてしまった」
「そう、ここは闇の力が強い。本来、理力を使うことができないヒト族は、この力に簡単に屈してしまうはずだ。でも、ここに来ている君たちの仲間を観察しても、その兆候は見られない」
オレウスは、首にかけていたネックレスを服の中から取り出す。手のひらよりは小さいが、アルヴがよく身に付けている物より、かなり大きい。白い台座に銀で複雑な模様が描かれ、銀色の輝きを放っている。
「さっき、分かりやすいように護符と言ったけど、これはその役割を持っている。ボクらは、このアミュレットが無いと闇の力に侵食される。それほど、ここの闇の力は強い」
「具体的に、侵食って何なの? どうなるの?」
「それは、見たはずだよ。君もね。」
オレウスは視線を眠っている少女に向け、続けてボックスにも向ける。
「闇の力は、精神を支配する。どの属性だろうが、屈服すれば従属するしかなくなる。もちろん対抗策はあるけどね」
「それが、そのアミュレットなのか」
「まあね」
アミュレットを見つめて、オレウスは模様を指でなぞる。
「これを持たず影響を受けない君たちは、闇に属する者ではないかと言う者もいるんだ。確かに、その根拠はあるかもしれない。数千年前の君たちの祖先は、闇の王テネブラエに保護されていたからだ」
自分の美しい金色の長髪を一房握って、まじまじと見つめている。
「でも、それは間違いだとボクは思う。闇に属するのであれば、身体のどこかに、必ず証が現れる。ヒト族もきっと髪と瞳に現れるだろう。さっき、彼女にはその兆候が出ていた。闇であれば紫、だが今は黒に戻っている。黒は無属性の証、どの属性にも属していないんだ」
一気に語り終えると、オレウスは押し黙った。
静寂が辺りを包み、時折、焚き火がパキッと音を立てる。
クローは、オレウスの言っていたことを消化しようと噛み締めていた。自分の知らない情報が多く、理解できないこともあった。しかし、それ以上に知りたいことも増えていった。
ヒト族は、この世界で異質な存在だ。唯一コアを持たない種族だと言われている。それゆえに、力が弱く他の種族の餌のようになっている。
そんなのは嫌だ。何か意味があるはずだ。
いや、あって欲しい!
しばらくすると、頭の中に霞がかかったように、あまり考えることができなくなってきた。お腹が満たされて、疲れが出たらしい。あまりの眠気に耐えられない。見張りは、ボックスにお願いしよう。
クローは、ボックスに視線を向けると、既に横になって気持ちよさそうに、いびきをかいていた。舌打ちしたい気分だ。
二人を守られねばとの責任感から立ちあがろうとするが、身体が重く動けない。それどころか、ますます眠気が強くなって、瞼が落ちそうになった。
「ゆっくりとおやすみ。君には、もっと働いてもらわないといけないのだから……」
最後に見たのは、オレウスの悲しげに微笑んだ姿だ。
◆
二人が安らかな寝息を立て始めると、オレウスは長く息を吐き出した。そして、アミュレットを見つめる。
「視ているんだろう。彼はきっと見つけてしまうよ」
『ええ、古き時代の終焉と新しき時代の幕開け。その狭間は、闇が最も濃い』
「君が何をやろうとしているのか分からないけどさぁ。きっと、世界は怨嗟の声に満ちるよ」
『停滞した時計の針を動かすには必要なことなのです』
「ふ〜ん、まっ、ボクは楽しければ、どうでもどうでもいいけどね」
『そう言ってもらえると思っていました。他の者では、躊躇するでしょうから』
「あっ、馬鹿にしたでしょ! 考え無しだって!」
『いいえ。それではお任せしますよ。オレウス』
相手は一方的に念話を断ち切った。
彼は、唇を弓なりにすると立ち上がり、踊るように手摺に飛び乗った。迎え入れるように両手を上げて口を開いた。
「さぁ、ボクに見せてくれないか、楽しい世界を!」
そこは深い闇が広がり、その先には神殿が沈黙している。
今度は軽々と回転すると、塔の内部に体を向けて飛び降りる。右足を後ろに引いて左腕を背後にまわした。そして、右手を差し出す。
「きっと君も気に入るはずだよ、クローヴィス」
闇が支配する廃墟の街に、鈴の音のような笑い声がいつまでも響いていた。
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