第二一話 クローヴィスの記憶
【今現在 リメスにて】
クローヴィスは、荒い呼吸を整えるため、大きく息を吸った。
振り返ると、遠くに見える森が赤く染まっている。まだ、リメスを焼いた狼の炎は、鎮火していない。
しばらく、そちらを注視していたが、どうやら狼の追撃は無いようだ。
他の面々は、無事に逃げ切れただろうか。早々と退却すべきだったのではないか。自分についてきた者たちは、みんな戦死してしまったため、そう思い、悔やまれる。やはり、私は呪われているのか。親しい者に死を運ぶ。
クローヴィスは、息を大きく吐いた。いつの間にか、息を止めていたらしい。
渇いた喉を潤そうと腰を探るが、いつも持っている水筒が無くなっていた。水が飲めないと思うと、強烈な渇きが襲ってきた。
そんな葛藤をしていると、水筒を差し出される。
「ほら、飲んで。いつも用意周到なクロが、忘れるなんて珍しいね」
クローヴィスは、水筒を受け取ると一気に飲んでむせた。喉の渇きが潤うとオレウスに、水筒を返した。
「どこかで、落としたようだ。逃げるのに必死だったからな」
「クロは、いつも必死だよね。初めて会った時もそうだった」
オレウスは、噴き出し、笑い声をあげた。クローヴィスもその声を聴いて、頬が緩んだ。同時に強張った身体がほぐれていくように、暖かく感じてくる。
自分は、得てして暗く考えがちだが、いつも彼のその明るさに救われる。そう、初めて会ったあの時も……。
ん? いつ? どこで?
そうだ。確か北部の偵察で……あの廃墟に行った時だったような。
「オレウス、初めて会った場所を覚えているか」
「う〜ん、確かヘルクラネイムの廃墟だよ」
突如として、記憶が蘇る。
私は、あそこへ行った。そして、あの柩を発見していた。
いや、なぜ、今まで忘れていたんだ?
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「まったくよ! なんだってこんなとこまで、調査に来なきゃならないんだ!」
まだ幼さを残した少年が、椅子の代わりになりそうな建物廃材に座り、ぼやいていた。
履いていた片方のブーツを脱ぎ捨て、血の巡りを良くするため、足の裏を揉んでいる。
ボックスは、成長期だ。そろそろ、このブーツも合わなくなっていたようだ。窮屈になって、馬上の行軍とはいえ、むくんでくると足が痛くなる。だから、余計にイライラするのだ。
そもそも、この任務が気に入らない。最近、狼の姿が見えなくなっているとはいえ、わざわざ、危険を犯してまで、こんな廃墟の調査を行う意味があるのか。しかも『何か重要なものを探せ』だと。本当に、訳が分からない。
「でもでも、命令だからしょうがないんじゃ……」
彼と同じくらいの年頃の少女が、オドオドしながら答えようとしたが、ボックスはそれを遮るように、怒鳴りつけた。
「お前なぁ! ハイハイ従っているから、こんなとこまで来る羽目になったんだろうがぁ!」
「うう、あたしに、怒鳴らないでよ〜、だって〜クローを一人にできないでしょ〜」
ルシアは、情けない声を上げて、崩れかけた城壁に登っている少年に視線を送る。彼は、それに気が付かず、望遠
クローと呼ばれた少年は、少し長めの髪を後ろで纏めており、白く秀麗な顔は線が細く、一見すると少女のようだ。
「おい、クロー! なんだって、こんな任務を引き受けるんだよ!」
「ん、そりゃ、特別報酬が良かったからね」
彼らは、最北の拠点カメリアの戦士だ。
戦士には、通常の支給金とは別に、臨時任務を行うと特別支給金が出る。多くの戦士たちは、ささやかな贅沢のために、防衛任務の他に、採取や調査などの特別任務を請け負っている。だが、それも近いうちに廃止されるかもしれない。
あまりにも犠牲者が多く、防衛に支障をきたしているそうだ。その対策として、精鋭を集めて、特別任務を専門に行う巡検士隊が結成されたのだという。今後は、一般の戦士に臨時任務が下されることは、減っていくだろう。
コロンでは、すでに再編が始まっている。ただ、辺境のカメリアに創設されるのは、もっと先になるだろう。
巡検士になるためには、熟練度と高い能力を持つ者が選抜される。新兵に毛が生えたようなクローたちには、声もかかることも無いだろう。だから、その前に稼げるだけ稼いでおきたいとクローは思っていた。
望遠筒を縮ませ、腰袋にしまうと、今にも崩れそうな城壁を危なげなく降りてきた。ルシアは口に両手を当てて、その姿を見ていた。
クローも自分を見つめて、何か言いたそうな彼女に気が付き、彼は小首を傾げた。直ぐに、彼女が何を欲しているのか思い至って答えた。
「大丈夫だよ。辺りには狼も怪物もいなかった。ただ、廃墟の中は、分からないけどね」
彼女は、周辺の安全を気にしていたのかと思ったが、どうやら違ったようだ。彼女は、肩を落として、俯いてしまった。
「うっし! じゃあ、そろそろ行こうぜ! 隊長たちより先に、なんか見つけようぜ!」
「ルシアは、銃の準備をしておいて、弾は赤にしておこう」
こんな辺境の拠点にも銃は供給されていたが、十数丁しか渡されず、弾薬のたまに来る輸送隊から少し分けてもらうくらいだ。
銃の数も弾薬も実戦で使用するには、数があまりにも少ない。それに、装填にも時間がかかり、何度か狼に発砲したが、効いているようには見えなかった。だから、実際に戦闘で活用しているのは、弓や弩だった。そんな状況で、辺境の戦士たちは銃を使用せず戦っていた。
「うん、わかった」
ルシアは、クローに返事をして、腰袋から赤い弾薬を取り出し、炸薬を詰めた銃身に装填にする。
なんのために作ったのか分からないが、煙幕弾という弾丸があった。
射出すると、ある一定の距離で破裂し、煙と光を発生させた。煙幕として撹乱するには、煙の量が足りず、目眩しとしても光量が足りず、明らかに失敗作と思われていた。
空に向けて試し撃ちをすると、煙の中で光が輝きとても綺麗で、昼間でも良く見えた。色の種類がいくつもあったので、戦士たちは通信手段として、使えるのではないかと思い付いたのだ。以来、戦士たちが調査に出る時は、必ず携帯するようになった。
ルシアが込めた赤の煙幕弾は、危険を知らせるものだ。
今のように、隊が散開して調査を行なっている時、不測の事態が起きたことを仲間に知らせるためだ。
ルシアが銃をクローとボックスは弓と弩をそれぞれ準備をしておく。そして、繋いであった馬に跨ると、三人は城壁跡と思われる外周を早足に駆けていく。
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