第五話 トンネル事業
「南北を繋げる、ですか?」
唐突にダロワ殿が言い出したことに驚かされてしまいました。ですが突拍子もない話ではありません。
現状、このメリカノア大陸を南北に分断するのはカラクマラヤ山脈であり、それを飛行で越えられるのは黒竜族と白竜族のみ。青竜族と、ほぼ壊滅したと言っていい赤竜族にその能力はありません。
今回のダロワ殿のお話は、ワイバーンでも往き来可能なトンネルを通すということでした。
カラクマラヤ山脈の幅は平均しておよそ百五十キロで、直線ですと馬車で三日から四日ほどの距離になります。そこにダロワ殿がブレスを撃ち込み、永久結界で固めながら一直線に掘り進むと言うのです。
「ワイバーンが通り抜けられる規模とすると、安全面を考えれば三十メートル四方は欲しいところだと思いますが……」
『問題ない。我が掘り進むためには最低でも高さが六十メートルは必要だからな』
「確かに。ところでお山に影響はないのですか?」
『振動も音響も結界で防ぐので心配無用だ』
ブレスで開く穴はほぼ円形となります。ダロワ殿が通るために必要な高さは六十メートルですから、トンネルの直径は最低限その分が必要ということです。
そこに正方形をすっぽり収めるとすれば、一辺は約四十二メートル。ただしそれだけの幅を平らな道として確保しようとすると、約九メートルが地下になってしまいます。
四十二メートルはさすがに広すぎますので、幅はダロワ殿が立って歩ける程度で構わないでしょう。
『いや、我は掘るだけで開通しても利用せぬぞ』
「そうなのですか?」
『山を越えた方が早い。何故百五十キロも歩かねばならんのだ』
「言われてみれば」
そんなわけで、道幅は余裕を見ても二十メートルあれば十分ということになりました。これですと地下になる部分は四メートル弱で済みそうです。
ただしこの地下部分には重要な役割があります。
実は百五十キロにも及ぶトンネルには吸排気が必要なのです。つまり地下には吸気ダクト、天井部分も同様に仕切って排気ダクトの役割をさせるというわけです。
まとめますとまずブレスでトンネルを掘りながら結界を張り、地面と天井にやはり結界で壁を造って、ところどころに穴を開けていきます。これで吸排気口まで完成というわけです。
空気の流れはワイバーンの飛行で生まれるので問題はありません。
また、十キロごとに休憩所を、五十キロと百キロ地点には大きな休息地を結界で設けて下さるそうです。
休憩所には主に食事や小休止出来るスペース、休息地にはそれに加えて馬を休ませると同時に、人間も宿泊可能な施設を造るといいとのことでした。
なお、ワイバーンの羽ばたきで発生する風圧はとても激しいので、風除けを設置しなければなりません。こちらは結界ではなく人の手で造れとのことでした。
ワイバーンの最高時速は約三百キロですが、常時この速度を維持出来るわけではありません。馬で言えば
有事を除いて彼らを移動に使う場合、基本的には時速百キロ前後で飛ばせます。これですと一時間程度は連続飛行出来ますので、途中で一時間の休憩を入れても百五十キロなら約二時間半でトンネルを抜けられるというわけです。
風圧が激しいと言っても、結界ではなく人の手で造る風除けで事足りるのは、トンネル内での彼らの飛行速度が理由でした。
「ずい分と緻密な計画ですのね」
『シルスキーノエルとブリトーバレイスからの要望だ』
「先ほどダロワ殿は山を越えた方が早いと仰られませんでしたか?」
『シルスキーノエルはそうだが、ブリトーバレイスは山越え出来ん』
「あ、そうでした」
『海を迂回するよりはトンネルがあった方が便利だと言われてな』
「ですがブリトーバレイス殿が利用されるなら、直径六十メートルでは狭くありませんか?」
『我々をワイバーンと一緒にするな。飛行に羽ばたきなど必要ない』
「えっ!? でもダロワ殿が私を乗せて下さる時にはいつも羽ばたいておいででしたわよね?」
『その方がカッコよかろう?』
「まあ! あれは演技でしたの?」
『演出と言わんか。お前を楽しませるためだ』
そう言われると文句はありませんわね。
ダロワ殿の巨大な翼で何度か羽ばたいて、離陸する時のあの感覚はとてもワクワクしますもの。結界で覆われているので風を感じることがない分、飛び上がってからの加速体験はあれでしか味わえませんから。
とにかくこれを私の一存で決めるわけにはいきません。早速また父上さまにご相談申し上げるべく、ダロワ殿と共に登城です。
「なんと! トンネルだと!?」
先触れなどなく訪れたのに、今回もほとんど待たずに父上さまにお会いすることが出来ました。会議室での同席はウラミス兄上さまです。
私が先ほどダロワ殿から聞かされたことを話しますと、お二人は大変驚いておられました。
「そんなことが可能なのか……?」
「問題ないそうですわ」
「だとするとトンネルを通す場所だな」
「父上、こちら側から真っ直ぐにトンネルを掘ると、あちら側はミレネーに与えた領地になりませんか?」
「その通りだ。ミレネーに対して思うところはないが、大きな利権が関わるからな。出口を他国に開くのは得策ではなかろう」
「ですが父上さま、この案はノエルとミレネー王国のブリトーバレイス殿からのものですわよ」
「それでも、だ。立案は白竜殿と青竜殿でも実行はヴァスキーダロワ殿、つまり我が国なのだ。無論ミレネーには便宜を図るが、新たな物流の拠点は我が国になければならん」
「ナラバ二本通セバヨイノデハナイカ?」
「えっ!?」
ダロワ殿が仰るには、ノース帝国の領土は中央は別として東西に大きく二分されております。そのそれぞれにトンネルを通し、どちらか一本、あるいは二本ともミレネー王国との国境に出入り口を開けば問題ないだろうということでした。
ちなみにこちらの出入り口は一つで、途中から分岐させてY字にするという案も出ましたが、ダロワ殿が永久結界にかかる負荷の計算が面倒だと言われたのでボツになりました。
「国境ならあちら側でミレネーがノースを経由する必要もなくなるか」
「ノース帝国建国には、かの王国の功績は多大でしたからね。父上はあれっぽっちの領土割譲では気が引ける仰っておいででした」
「うむ。こちら側の出入り口が我が国のみであれば、ベッケンハイムやモートハムが利権に絡むのも難しかろう。トンネルを二本、しかも斜めに通すため少々距離が長くなるかと思うが、ヴァスキーダロワ殿はよろしいのか?」
「構ワヌ。元々我ガ申シ出タコトダ」
最近ダロワ殿がとても協力的に思えるのですが、彼はそれによって私が喜ぶことを楽しみとされているようです。
トンネルが出来れば大陸南北の物流はもちろんですが、内部施設での雇用も生まれるでしょう。私が喜んだことの一つがそれです。
こうして提案が認められ、まずは南北双方でのトンネル出入り口の選定が始まるのでした。
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