第六話 北へ
「父上さま、連日お時間を頂きありがとうございます」
「なぁに、可愛い娘のためだ。気にすることはない」
「面会のご予定などはなかったのですか?」
「そんなものは待たせておけばよい」
あったのですね。でも父上さまのこういうところ、私は好きです。
ところで今日は三人の兄上さまたちにも集まって頂きました。
「それでシャネリア、まさかとは思うがそちらの美しい少女はどなたかな?」
「この方は白竜の女王、シルスキーノエル陛下ですわ」
「お初にお目にかかります、この国の王様。私はシルスキーノエルと申します」
「やはりか! いや、よく参られた。
「皇帝……帝王とは違うのでしょうか」
人間のことはあまりよく分からなくて、という心の声が聞こえてきそうです。
「あまり違いはない」
「ではライオネル王様とお呼びしても?」
「白竜の女王よ、余のことはライオネルと呼び捨てで構わん」
「では私のこともノエルとお呼び下さい。呼び捨てで構いません」
実は後でダロワ殿から聞いたのですが、竜族にとって人間の名前は覚えにくいし呼びにくいのだとか。さすがに聖女認定した私の名は是が非でも覚えるそうですが、フルネームだと十文字を超える長い名前は無理だと仰っておられました。
能力の問題ではありません。関心がないので覚える気がないということです。
ダロワ殿やグノワ、それに目の前のノエルなどの呼ばれ方についても愛称でもなんでもなく、呼ばれているのが自分だと分かればいいとのこと。
ただ私の場合に限っては、それが愛称呼びになるようです。よく分かりませんわね。
「それで、ヴァスキーダロワ殿は北のヘイムズオルド帝国の帝王を殺しに行くとのことだったな」
「はい。ノエルの話によりますと黒竜を倒す算段をされたとのことで、ダロワ殿が大変お怒りになられたのです」
「ふむ。聞けば非道の限りを尽くして北の統一を謀ったそうだが」
「赤竜に国を襲わせ、力で勢力を広げていったようですわ」
「その王を倒した後の統治をどうするというわけか。ウラミスは我が国の後継を担わせなければならん。ノウルはウラミスに万が一のことがあった際の備えとして必要。
となればスコット、お前に北を治めさせようと思うのだがどうだ?」
「父上さまのご命令とあらば喜んで。ですが少々気がかりなことも……」
「構わん。申せ」
「あのカラクマラヤ山脈は私たち人間には越えられません。そうなると我が国と疎遠になってしまうのではありませんか?」
「ご心配には及びませんよ。白竜族や青竜族がお力になりますので」
彼らもあの山脈を越えられるそうです。
「それは心強い! シャネリアも、時々で構わないから会いに来てくれるかい?」
「もちろんですわ、兄上さま」
「気がかりは晴れました。私に異存はございません」
「では心しておれ。時に、ヴァスキーダロワ殿」
「ン?」
父上さまは唐突にダロワ殿に目を向けられました。
「人間とは非常に面倒臭い生き物でしてな」
「心得テオル」
「国の王を殺した場合、頭をすげ替えれば済むというわけではないのです」
「ホウ。我ニ待テト申スカ」
「北の帝国がどのような統治を行っているかは分かりませんが、民が虐げられていることは想像に難くありません。
そんなところにスコット一人を送ったところで、すぐに彼らが受け入れることはないでしょう」
白竜や青竜の力を借りて捻じ伏せるのであれば、ヘイムズオルド帝国とやっていることは変わりません。そして父上さまはそれが最も悪手だと申されました。
「好戦的な赤竜が現王に従っている理由は分かりませんが、彼らがそのままスコットに従うとは考えにくい」
「確かにライオネルの言われる通りですね。赤竜族は人間を殺すことに愉悦を覚え、帝王は領土を広げる際に彼らに多くの人命を奪わせておりますから」
「やはり利害が一致しているからこその協力関係というわけか」
「ええ」
「ということはヴァスキーダロワ殿が北の王を手にかけ、我らがかの地の統治を始めた場合、赤竜を敵に回すことになるやも知れません。あるいは無秩序に北の住民を殺し始めることも考えられます」
「奴ラノ気性カラスレバ後者デアロウナ」
「そこで私に考えがあるのですが、お聞き願えませんかな?」
「ヨカロウ。申シテミヨ」
父上さまが語った計画に、意外にもダロワ殿は納得されたようでした。整ったお顔に影のある笑みが浮かんでおります。
「ナルホド、上ゲテ落トスカ。ナカナカニ鬼畜ナ作戦デハナイカ」
「では、お待ち頂けるのですね?」
「シャネリアニモ申シタノダガナ」
「はい?」
「我々竜族ニトッテハ、人間基準ノ一年ナド
「そうですか。もっとも向こう次第では一年もかからないかも知れませんが、逆に一年以上になる可能性もあります」
「構ワヌ。瞬キガ一度増エル程度ノコトデアロウ」
強大な力でいとも簡単に敵と認定した相手を捻り潰してしまう彼には、それ以上に敵を苦しめる父上さまの作戦がいたくお気に召したご様子でした。
「よし。そうと決まればモートハム聖教皇国に使者を送り、ヘイムズオルド帝国の企てを知らせよ。
ウラミス、ノウル、スコットはあちらに送る人材の選定に取りかかれ」
「「「はっ!」」」
「ノエルは北で我々に協力してくれる者を集めて頂けないだろうか」
「生き残っている旧王族や貴族たちの中から、有能な者を集めておきましょう」
「ベッケンハイムとモートハムにも人材と金を出させよう。
そうだな、北の地を東西三分割し、中央を四分割してうち二つをベッケンハイムとモートハム、一つをミレネー王国に割譲する。
各々の割合は今後協議するとして、我が国は総じて全体の六割を貰い受ける。この案でいかがかな?」
中央の一つを我が国のものとするのは、東西が完全に分断されることを防ぐためです。
「ミレネーは最北端の貧しい国です。出来れば暖かく肥沃な地を頂ければと思うのですが」
「では、事が成るまでに望む地を決めておいてくれ。飛び地になっても本国との往来の自由と免税は保障しよう」
こうして密やかに、大陸北側への領土拡大に向けた作戦が動き始めるのでした。
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