第五話 無条件降伏勧告
「コートワール大公殿下、連合王国の使者を名乗る者が
「来たか。謁見の間へ通せ」
「はっ!」
その日、ジルギスタン王国領を抜けて連合王国から使者がやってきました。彼は王国と公国の間にある、今は閉鎖された国境検問所をすり抜けて我が国に入ってきたということです。
どのようにしてあのマルール河を渡ってきたのかは分かりませんが、いずれにせよ本来なら不法入国者として死罪は免れません。ですが、父上さまはどうやら使者を待っていたようなのです。
「連合王国の使者殿、
「はっ! お初にお目にかかります。ライオネル・カイザー・コートワール大公殿下。私は連合王国マグダネル伯爵家が元
「うむ。何用で参られたか聞こう」
「ありがたき幸せ。なれどその前に」
「ん?」
「封鎖中の国境を越えた罪はこの身にございます。どうか罰せられるのは私のみにて」
「ほう、それで
「はい。すでにマグダネル伯爵家とは縁を切っておりますので」
「豪胆なことよ。その願い、聞き届けよう」
「はっ! 身に余る光栄。大公殿下のお心に感謝致します!」
ウラミス兄上さまは当然でしょうけど、父上さまが何故私までこの謁見に同席させたのかご真意は分かりません。ですが政治的なやり取りは私にも興味があります。
「まず大公殿下にお尋ねしたい」
「うむ。申してみよ」
「ジルギスタン王国と国交を断絶されたのは真と捉えてよろしいでしょうか?」
「裏の意図があるのでは、ということかな?」
「ジルギスタン王家とコートワール大公家は密接な間柄。ご令嬢は第一王子との婚約までなされていたはずです。それが何故国交を断ずるに至ったのか」
私がジュクロア王子から婚約破棄を言い渡されたとの情報は、まだ連合王国には届いていなかったようですね。あるいはアルバート殿と入れ違いになったのかも知れません。
それを父上さまがお話しになると、彼は心底驚いた表情を見せておりました。
「ジュクロア王子は……バカなのですか……?」
「ぷふっ……し、失礼致しましたわ」
「そのようなこと、一国の王子に対して使者殿が口にしてはならないとは思うが、愛しい我が娘のシャネリアを笑顔にしたことに免じよう」
「はっ、申し訳……ではそちらのお美しい方がシャネリア様……?」
「まあ、ありがとう存じます」
「い、いえ。このような可憐な女性との婚約を破棄するなど、やはりジュクロア王子はバカ……あ、いえ、なんでもございません」
「ふふふ。アルバート殿、これ以上私を笑わせないで下さい」
「は、ははは……」
「そろそろ用向きを聞かせてもらおうか」
「はっ! 失礼致しました! 実は……」
彼の話はとても興味深いものでした。
要点をまとめますと、連合王国はエリック第二王子を旗印に掲げて、現ジルギスタン政権を転覆させるつもりとのこと。その際の進軍に当たり、我が国に敵対する意思はないので、静観してほしいというのが要望だそうです。
「政権を転覆させた後はどうするつもりだ?」
「エリック王子を国王とし、連合王国に組み入れることになります」
「ほう。新たに帝国を築くというわけではないのか?」
「あくまで我々は連合王国のままにございますれば」
「承知した、アルバート殿。コートワール公国は、連合王国軍が我が国との国境に進軍しない限り静観を約束しよう」
「ありがとうございます」
「ただし、万一に備えて我が軍は国境沿いに展開。連合王国軍がわずかでもこちらに進軍する兆しあらば、理由の如何を問わず直ちにこれを殲滅する。
さらに、ジルギスタン王国は元より連合王国の空にも黒竜が舞うと心されよ」
「はっ! 肝に銘じまして!」
この後アルバート殿は首を
繰り返しになりますが私はあの顔、嫌いではありません。
「ウラミスよ、言質は取ったぞ」
「はい、父上。これは楽しみですね」
「父上さま、兄上さまも、なにがそんなにおかしいのですか?」
「お前を
「でも今のお話しですと、王国は連合王国に組み入れられるのでは……?」
「シャネリア、奴らがジルギスタンの王都を制圧しようとすれば、どこに軍を進める必要がある?」
「あ……」
そうでした。ジルギスタン王国の王都ラカルトオヌフは、我が国との国境付近にあるのです。つまり連合王国がジルギスタンに侵攻すれば、こちらからですと国境に軍を進めたようにしか見えません。
「シャネリア、近々動くことになるとヴァスキーダロワ殿に伝えておいてくれ」
「分かりましたわ、父上さま」
「ウラミス、奴らがラカルトオヌフに進軍し次第、ワイバーン部隊にて連合王国軍を殲滅せよ。タイミングは任せる」
「
「同時に連合王国には、約定を
「はっ!」
「父上さま……」
「案ずるな、シャネリア。兵たちには民の犠牲は最小限に留めるよう通達する」
「ありがとう存じます」
「そのためには黒竜たちにも面倒をかけるがな」
戦争には加担しませんが、私が望むなら姿を見せる程度の協力はすると言われていたのです。
「はい。確かに伝えますわ」
「うむ。頼んだぞ」
それから十日ほど後、王都ラカルトオヌフに連合王国軍が進軍してきたのでした。
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