婚約破棄は構いませんけど困るのはそちらですわよ。新たに黒竜と婚約した私ですもの。幸せになってみせますわ!
白田 まろん
プロローグ
婚約破棄
「シャネリア・リリス・コートワール! 私はお前との婚約を、今この時をもって白紙に戻す!」
そこはジルギスタン王国王城の
その傍らには誰だったかしら。ああそう、確かストラド子爵家の令嬢、アンリ・ストラド殿でした。なぜ下級貴族家の彼女が謁見の間の壇上で、王子殿下に寄り添っているのかはとても疑問ですけど。
それと今この場に集まっている王国の重鎮たち、とはお世辞にも言い難いですわね。
どの顔ぶれも陛下の体調が優れないのをいいことに、王位継承が間近となったジュクロア殿下のご機嫌を取ろうと躍起になっている者ばかり。
それにしてもやはりこの第一王子はおバカさんというかなんといいますか。目的が我が公国に留まる黒竜だったとは言え、十年前に不可侵条約まで結んで、陛下がせっかく私との婚約を取りまとめましたのに。
「ジュクロア殿下にお尋ねする!」
「なんだ!?」
「殿下と妹との婚約はユグノレスト陛下がお決めになられたこと。それを破棄するというのは当然、陛下もご承知なのであろうな!」
この方はウラミス・シューター・コートワール。来月には婚礼の日取りを発表する予定でしたのに、突然王城に呼び出された私に付き添って下さった、とても頼りになるコートワール家の長兄です。
実は私には彼を含め兄上が三人おりますの。自分で言うのもおこがましい限りですが、それはそれは愛されてますのよ。
そんな兄上ですから、お心の中では喜んでいるはずです。なにせバカ王子の許に私を嫁がせなくて済むことになるのですから。
表面上お怒りなのは、王家から婚約破棄を言い渡された私の立場が、対外的に不利益を被ることを案じて下さっているために他ならないでしょう。
「ち、父上は関係ない! 私の判断だ!」
「重ねてお尋ねする。
「ふん! シャネリアが大公家令嬢の立場を利用して、愛しきアンリに対し数々の
「私には身に覚えがございませんわ」
「黙れ! 彼女の膝を見よ!」
擦りむいて赤くなっているようですわね。
「これはお前に突き飛ばされたから出来た傷ではないのか!」
「シャネリア、そんなことがあったのか?」
「たった今申しました通り、私にはなんのことだかさっぱり分かりません。ウラミス兄上さま」
「惚けるな! ではこれはどうだ!?」
バカ王子が高く掲げたのはひん曲がった金細工の髪飾り。そういえば彼女が周囲に自慢げに見せびらかしている時に、その手から滑り落ちて運悪く馬車に轢かれたのを見ましたわ。
「これが私からの贈り物と知って、嫉妬のあまりお前が踏みつけたと聞いたぞ!」
「濡れ衣ですわ」
「それだけではない! 他にも……」
「ジュクロア殿下、私が殿下からの贈り物を、嬉しくて婚約者のシャネリア様にお見せしてしまったのがいけないのです。どうかこれ以上シャネリア様をお責めにならないで下さい」
「アンリ、君はなんと優しい心の持ち主なんだ。シャネリア、お前も少しは彼女を見習ったらどうだ!」
お話になりませんわね。だって私はこれまで彼女と直接お話ししたことなど一度もありませんもの。
「殿下はどうあっても妹との婚約は破棄されるということでよろしいか?」
「口説いぞウラミス! これはすでに決定したことだ!」
「シャネリアはいいのか?」
「はい。私も愚かな殿下……こほん、王家に嫁ぐ重責が立ち消えになるなら苦労せずにすみますもの」
「そうか。ならばこの場にいる全ての者たちの立ち合いの許、ジュクロア殿下と我が妹シャネリアとの婚約は白紙に戻った! なお、今この時を持って不可侵条約は王国より一方的に破棄されたものとする!」
「おい、それってまさか……!」
「
周囲の方たちは、不可侵条約の意味だけは理解されていたようです。黒竜の守護とは、黒竜が留まる我が公国との条約があるお陰で、東のベッケンハイム帝国や西のモートハム聖教皇国が王国に攻め込むのを
明確に守護するとの約定はありませんが、王国民は一人としてそれを疑っておりませんでした。
「なっ! ま、待て、ウラミス!」
「軍事、商業、他あらゆる面において、コートワール公国はジルギスタン王国と完全に絶縁するということである!」
婚約を勝手に破棄するなんて本当に愚かな殿下ですこと。不可侵条約は私との婚約に基づいていたのですから、婚約が白紙になれば条約破棄も当然。
しかも一方的に婚約破棄を突きつけたのは王国側ですから、その責も王国にあるということです。
でも感謝しなければなりませんね。そんなところに嫁がなくてすむことになったのですから。
もっとも本当のことを言いますと、殿下がこの場で私を断罪し婚約破棄を宣言するのは、
「ではウラミス兄上さま、ここにいる理由はなくなりましたので退席させて頂きましょう。よろしいですわね、ジュクロア殿下?」
「……」
兄上さまはこの上なくお優しい微笑みを向けて下さり、私の肩を抱いて謁見の間を後にするのでした。
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