第169話 夜の見廻り

奇襲というなら、やはり敵に見つかってはならない。

隆景は夜襲を一番に考えた。


「だが、そうすれば民を巻き込むことになりかねない……」

民は巻き込みたくない。

隆景は民を慈しむ性分である。

民を巻き込んでしまえば、戦に勝った後の統治が難しくなる。

民に憎まれているのならば、やはり政務も滞るだろう、と隆景は今までの戦を通して考えていた。


「戦を歓迎するのは武人のみ、であるのは分かるし、民にとって戦とはそもそも不要だということも理解はできる……。これもお家の為なれば……、私はそう思っている……」

スッ、と襖がわずかに開いた。

「まだ火を灯しておったか」

「兄上!」

「隆景、もう休んではどうじゃ? 近頃父上も遅くまで起きておることが多くてな」

「父上も、ですか?」

「そうじゃ……」

隆景は意外な言葉にキョトンとする。

「父上も若くはない、困ったもんじゃ」

隆元の言葉に、隆景は大笑いした。


「お主が何に悩んでおるか、悔しいがワシはわからん。が、根を詰めすぎてはいかんぞ」

「ありがとうございます、兄上。やはり、私は兄上の思慮深さには敵いません」

隆景はそう言って照れ笑いした。

「左様か」

隆元も言葉が明るい。


「奥方に元気な顔を見せたいのであれば、早めに休んでおくようにの」

「はい、兄上! 見廻りお疲れ様です」

「ああ。お休み」

隆元はそう言って部屋から出た。


「……根を詰めすぎるな、とは。兄上こそ……」

隆景はそうつぶやきつつ、グッと伸びをする。

そして、策を考える時の覚書をしていた紙と筆をしまい、布団に入った。


隆元は悠月と松井が過ごしている部屋をうかがう。

「なあ、悠月」

「ん、なんだ?」

「さっきから人影が……」

「あー、隆元様だろ。多分」

「察しがええな」

隆元は苦笑いしてすっと襖を開ける。

「最近、夜の見廻り、隆元様がやってるの知ってたからですよ」

「そうだったの?」

松井は驚いたように言った。

「気付いてなかったのか……。まあ、いいや。もっぱら、夜更かししてまで策を練るような元就様を気遣って始めたことでしょうけど」

「そこまで知っておったんか……」

隆元は悠月の言葉に驚いていた。

「まあ、何となく、ですけど」

悠月は苦笑いした。

「さ、俺たちもそろそろ寝るか」

「うん、そうだね」

「隆元様も、ゆっくり休んだ方が良いですよ。おやすみなさい」

「そうじゃな。お休み」

隆元が部屋から出る。

悠月はその晩、寝付けずにいた。

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