第89話 炊き出し

どっさりと、青田刈りで刈り取られた稲が並べられる。

もちろん、まだどれも身を付けてなどいない。

「これで神辺城の者どもは兵糧難となるな」

弘中は満足そうにうなずく。


「悠月、この人たちは干殺しにでもする気かい?」

「いや、そうじゃないよ」

「そういうもの?」

「ああ。ほら、腹は減っては何とやらだ」

「ああ、戦力を削ぐって事か」

松井はようやく青田狩りを納得した。


後日、神辺城の前でわざとらしく粥を焚きこんだ。

「腹が減った……」

「もうだめだ……」

こうして、神辺城から投降してくる兵も少なくなかった。

元就たちは彼らにも粥を与えた。

だが、神辺城に戻ることは許さなかった。

つまり、投降してきた者たちは食事を与えられるが捕虜となるという運命である。


彼らは、それも承知の上であった。

元就たちに与えられた米を、涙ながらに食する。

「……美味い!」

「そうじゃろう?」

隆元は優しく笑って、おかわりをよそった。

兵たちは次々に離反していく。

やはり、生きている以上『食』には勝てないようだ。


「俺もお代わりもらって良いですか?」

ちゃっかりと悠月はお代わりを要求した。

隆元は笑って、悠月にお代わりをよそった。

「兄上―、ワシも」

「よう食うのう」

元春のお代わり要請に、隆元は笑う。


しっかりと腹を満たした兵たちは、元就主導に下で聴取を受けた。

城の様子や、配置などの事である。

「お主らが前線に出ぬというのなら、わしらと共に行動せよ。命は保証できかねるが、可能な限り守ることは誓ってもよいと思っておる」

元就の言葉に、多くの兵たちが賛同した。


「さてと。飯の分は働いてもらおうかの」

隆元は穏やかな笑顔で言う。

悠月はその言葉に苦笑いした。


餌付けという言葉はここから生まれたのではないか?

松井はそう思ったのであった……。

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