第30話 火計

赤々と陣が燃えていく。

「奇襲だ!」

尼子晴久は慌てて声を上げる。


「だから言っただろうに……!」

松井は苦々しい顔で言った。

元就から逃げた、と言った兵たちも見当たらない。

「あいつら……!もしや、最初から元就を見限ったわけじゃなかったのか!」

松井は兵から弓を借り、射る。

ヒュンッ、ヒュンッ、と音を立てて矢が飛んでいく。


そっと逃げて戻って来た足軽たちを、元就は温かく受け入れた。

「ようやった! ゆっくり休むが良い」

「ははっ!ありがとうございます、元就様!」

兵たちは喜んで休む。


尼子方は、突然の火計に消火活動でてんやわんやしていた。

「火を消せ!」

「やはり甲山に陣を敷くべきだったのだ!」

「殿がお決めになったことであるぞ!」

内輪でももめる声が聞こえるような有り様である。

「毛利め……! 謀りおったな!」

晴久の声が冷たく響く。


元就は、それとなく察していた。

陣を焼き払ってしまえば、尼子方は城攻めどころではなくなる。

そこで隙が生まれるだろう。

その隙をつければ、毛利方の方が戦況も良くなるはずだ、と。


事実、尼子方はおよそ一週間攻撃を仕掛けてこなかった。

それだけ、被害は甚大だったのだろう。

「このまま退けばいいのに」

ぼそりと声が聞こえた。

悠月が振り向くと、そこには幼い少年がいた。

「これ、徳寿丸」

元就は優しい声でさりげなく徳寿丸を諫める。

そう、彼は……。

後の小早川隆景である。


「父上、でも徳寿丸は思ったことを言っただけです」

「うむ、それは分かっておるぞ」

「戦などないほうが民も安心して暮らせるから」

「それはお前の言う通りじゃ」

「父上、どうして尼子は分かってくれないの?」

「そ、そうじゃな……」

元就もどうこたえるべきか、決めかねていた。

まさか、中国地方平定の為、領土を広げる為、などとは言えないからだ。

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