1984年のケリーパーク 私のそれを返してくれ
Jack Torrance
サムズアップ
スペースニードルの北に位置する小さな丘にあるケリーパーク。
エリオット湾やマウントレーニアの景色が望めて日々の喧噪から一時でも離れられる。
俺はベンチでスターバックスのアイスコーヒーのトールを飲みながらまったりとした穏やかな午後を過ごしていた。
餌を求めて湾の向こうで旋回している海鳥の群れ。
汽笛を鳴らしながら湾に寄港する遊覧船。
ケリーパークの園内では親子連れやカップルが楽し気に通り過ぎていく。
ジンジャーエールやコカ コーラ、ポップコーンやホットドッグを手にしながら。
穏やかだ。
実に穏やかだ。
殺伐とした現代社会。
人が人を陥れ節操の無い輩が蔓延る腐った社会。
だが、此処には愛がある。
親が子を想い恋人達が集いじいさんが愛犬を散歩させている。
ラヴ&ピース。
俺は、ゆったりとした時の流れに身を委ねていた。
そんな時の流れを分断する一陣の風。
突如つむじ風が吹き抜け辺りは騒然とした。
親子連れや恋人達の喚き散らす声。
帽子が飛ばされニュースペーパーや空き缶が地を這う。
俺の足にも何かへばり付く物を感じた。
船尾のスクリューに絡み付く藻のような物体。
俺はヒットマンに追われている諜報員のようにさっと辺りを見渡した。
20m前方から俺の方に短距離走者のように全速力で走って来る男が見えた。
男の走るフォームは今が旬のカール ルイスを彷彿させた。
男は50を少し過ぎたくらいだろうか。
側頭部に申し訳無さげにその芝生らしき物は残っていた。
推量するに後頭部も同様に思われる。
思わず口に含んでいたアイスコーヒーを吹き出してしまった。
口元を手の甲で拭いその足にへばり付いている藻のような物を拾い上げた。
男が息を切らしながら「それを返してくれないか」と言った。
男は取り乱したような素振りや恥辱に塗れているような素振りも一切見せなかった。
超然とした構えを見せていて男の背後から後光が差しているように見えた。
吹き出しているところを見られたのでこちらの方が気まずい気分だった。
何も悪い事はしていないのに警官に職務質問された時のような落ち着かない気分になった。
こみ上げてくる笑いを必死になって堪えて冷静に対処したつもりだ。
だが、体は小刻みにプルプルと震えていた。
鏡を見た訳ではないので分からないが顔はにやけていたかも知れない。
俺の脳内でハウンド“ドッグ”テイラーの『ギヴ ミー バック マイ ウィッグ』のドーナツ盤がターンテーブルに載せられ静かに針が落とされた。
俺は藻のような物を男に手渡した。
その藻のような物は汗でじっとり湿っていた。
男は躊躇いもなく俺の眼前で手際よく装着しその姿は堂に入っていた。
しかし、それは少しズレていた。
ヅラがズレてる!
俺は禁固40年を喰らった囚人のように必死になって込み上げてくる笑いを堪えた。
今、吹き出してしまったら俺は刑務官に懲罰房に連れて行かれる。
そう心に念じながら…
男は礼も言わずに言った。
「これを着けてる方が女にモテると思うだろ」
そう言われるとマーロン ブランドに雰囲気が何処となく似てると思った。
俺は、その日ケリーパークに来園している誰よりも満面の笑みで男に親指を立てた。
1984年のケリーパーク 私のそれを返してくれ Jack Torrance @John-D
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