第28話 かつての魔王の息子達
「旅の一行にって……貴女は、ドワーフにとって重要な人物でしょう?」
そんな人物が軽々しく危険な旅に出たいとか、色々と面倒くさい……軽々しい事を言っては行けません!
「いいえ、重要なればこそ、旅に出なければならないのですわ!」
しかし、ヴェルチェは強い決意を感じさせる口調で、ハッキリと言い放った。
「ドワーフの諺にも、『工房に籠ってばかりでは、鉱脈は見つけられない』というものがありますわ。何より、勇者様とご一緒に魔王を倒すという栄誉を得られれば、落ちたドワーフの名誉も取り戻せますの!」
むぅ……確かに。
「しかし、勇者と一緒にと言うなら、別にルアンタじゃなく他の勇者でもいいでしょう?酔っぱらい、老人、セクハラ親父、ホモセクシャルと、選り取りみどりですよ?」
「ルアンタ様一択ですわ!一択ですわ!」
他の勇者の可能性を示唆してみたら、ヴェルチェは泣きそうな顔ですがり付いてきた。
かなり本気で嫌がっていそうで、まぁ気持ちは分からないでもない。
「…………申し訳ありません、少し取り乱しましたわ」
落ち着きを取り戻したヴェルチェは、コホンと誤魔化すような咳払いをして、再び旅の同行を願い出てきた。
しかし、正直な所、彼女をパーティに加えるメリットが見当たらない。
私やデューナのように、身軽な者ならまだしも、ドワーフの『姫』だもんなぁ……。
「ワ、ワタクシを連れていってもらうメリットとしては、『土の精霊を介して迷宮等で迷わなくなる』や、同じく『土の精霊の力を借りた野宿の際の拠点制作』、他にも鑑定や武具の整備など、目白押しですわよ!?」
一生懸命にアピールしては来るけれど、どれも種族の重要人物に万が一があった時のデメリットを覆せると言うほどの物ではない。
こちらの反応が薄い事を察したヴェルチェは、ガックリと項垂れてしまった。
「……どうしても、魔王をこの手で倒したいのです」
顔を下に向けたまま、彼女はそう小さく呟いた。
「確かに、ドワーフの心得もありますし、ルアンタ様と深い仲になりたいとか、エリクシア様から魔道具の技術を盗めたら……なんて事も考えております。ですが、ワタクシの真の願いは、この手で魔王を倒す事なのですわ!」
……思わず本音が出たというよりは、本音をぶつけなければ、私達を説得できないと判断したのだろう。
顔を上げたヴェルチェは、嘘や隠し事の無い、真摯な眼差しで私達に語りかける。
「なんだって、そこまでして魔王を倒したいのさ?」
デューナがそう問いかけるのも、もっともだ。
いくらドワーフの国を落としたのが、ボウンズール(偽)やオルブル(偽)だったとはいえ、魔将軍を退けて城を取り戻した以上、そこまで固執する事でもないだろうに。
「……信じていただけないかもしれませんが、これから話す事は真実ですわ」
そう前置きすると、ヴェルチェは至極、真面目な面持ちで驚きの告白をしてきた。
「前世……というものがあるのは、ご存知でしょうか。そして、ワタクシにはその、前世の記憶があるのです」
んんっ?
思わず、私とデューナは顔を見合わせる!
なんだか既視感を覚える、この展開は……?
「ワタクシはかつて、ボウンズールとオルブル……二人の兄の謀略により殺された、魔王の末子の生まれ変わりなのです!」
「貴女、まさかダーイッジですかっ!?」
「アンタ、もしかしてダーイッジなのかよっ!?」
思わず、叫びながら立ち上がった私達の勢いで生まれた大量の水飛沫が、ヴェルチェの顔面を襲う!
まともに
「ちょっと!貴女方のような、凹凸の多い体の人達がいきなり立ち上がったら……今、なんとおっしゃいました?」
なぜ、その名前を知っているんだ?といった顔つきになるヴェルチェ。
しかし、きっと私達も、似たような困惑顔をしていた事だろう。
「私が、オルブルだったからですよ!」
「で、アタシがボウンズールだったんだ!」
「はあぁ!?!?!?」
今度こそ、完全に訳がわからんといった彼女も含め、私達三人は混乱した頭でアワアワと慌てふためいていた。
◆
「──な、なるほど。一応、理解はいたしましたわ」
湯船の縁に腰かけた私達は、ひとまず現状を確認するために、それぞれの顛末を語った。
それを黙って聞いていたヴェルチェは、話が終わると深いため息をついて、俯いてしまう。
前世の死、転生の経緯、そして現状。
この偶然の連続に、彼女がうんざりしてしまうのも当然だとは思う。
「それにしても……一体、どうなってるんだい。黒幕だと思ってたダーイッジが、こんな事になってるなんて」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし!どうして、ワタクシが黒幕なんて話が出てくるんですの!?」
慌てて反論しようとするも、デューナはさらに畳み掛ける。
「そりゃ、アタシやエリクシアが居なければ、一番得をするのがアンタだからさ。実際、オルブルが次期魔王になるって、アタシを焚き付けたのはアンタだったしね」
「ワ、ワタクシがその話を耳にしたのは、オーガンが話しているのを聞いたからですわ!」
「オーガン!?」
ここで出てきた以外な名前に、思わず私も反応してしまった。
「なぜ、彼の名が出てくるんですか!?」
「実際にオーガンが次期魔王について、
「私は、そんな話を聞いた事はありませんよ!?」
そうだ、だから彼女らが前世で私を殺そうとした時も、最初は訳がわからなかったのだ。
それにしても、オーガンが……死にかけていた、私を救おうとしていたあの忠臣が?
(濃厚な、人工呼吸だけでした……)
(王子の唇、柔らかかったナリ……)
かつての忠臣を思った時、出てきたのは美しい思い出ではなく、死の間際の気持ち悪い記憶がだった。
くっ、まさかとは思うが、忠誠心ではなく、邪な気持ちで私に仕えていたのかも……。
い、いや!そんな事はない……と思う。うん、そういう事にしておこう!
だが、彼はなぜそんな話を、広めようとしていたのか?
魔界の将来を左右する類いの話だけに、オーガンくらいの立場の者が、まったくのデタラメを広めればタダではすまない。
だからこそ、
「与太話だけじゃなく、アンタが持ってきた、あの結界を張る魔道具はどう説明するんだい?」
「あれは、城の宝物庫から持ち出した物ですわ!それに説明書にも、一定時間あらゆる魔法を無効にすると書いてありましたわ!」
「……たぶん、嘘では無いでしょうね。彼女が、ダーイッジだった頃は、その手の道具に詳しくなかったでしょうから、仮に説明書がすり替えられでもしていたら、見抜く事はできなかったでしょう」
私からの意外な援護に、ヴェルチェの瞳が輝き、その通りと大きく頷いてみせた。
「なんにせよ……今はっきりとしているのは、私達を排除してその名を騙り、魔界を牛耳って、世界征服の野望を遂げようとしている奴がいるという事です」
「ああ……舐めた真似をする奴がいるもんだよ」
「ワタクシ……この身に転生してから、意外にも充実した人生を送っていましたの。それをぶち壊しにした、黒幕を許してはおけませんわ」
奇妙な話だけど、前世では対立するばかりだった私達は、性別も種族も変わった今になって、お互いを理解する事ができた気がする。
この数奇な運命に誰ともなく吹き出してしまい、私達はいつの間にか、肩を震わせて笑っていた。
「いいでしょう、ダー……ヴェルチェも一緒に行きましょう」
「そう来なくては!ですわ!」
「まぁ、腕に自信が無いなら、ルアンタと一緒にアタシが鍛えてやるさ」
「うーん、今のワタクシ的には、むしろエリクシア様……ちょっと堅いですわね。うん、エリ姉様に魔道具についての教えを乞いたい所ですわ」
「エリ姉様?」
「今は女性ですし、そう呼ぶ方が自然では?」
ヴェルチェは何でもないようにそう言うが、私としてはちょっとくすぐったい。
「今は別に血縁は無いのですから、こだわる事は無いですよ」
「せっかく和解できたのですから、そんな寂しい事を言わないでくださいまし」
そう言って、ヴェルチェは私の顔を覗き込む。
「ですから、エリ姉様の技術を、色々と伝授してくださいませ」
可愛らしく小首を傾げて、彼女はニコニコと
「いや、
「前世の話ですもの!今はノーカンですわ!」
「あー、ダーイッジってそういう所あったよな」
私よりも付き合いの多かったデューナが、懐かしそうに頷いていた。
ダーイッジって、そうだったんだ。
うーん、まぁ確かに、要領よく立ち回り、自分の欲望には結構忠実な末っ子気質ではあるなぁ。
「それと、ルアンタ様とワタクシの仲を祝福してくれると、嬉しいですわ!」
「なっ!?」
「いやいや、それは多分ムリだね」
「な、なぜですの!?……まさか、デュー姉様も!?」
一瞬、デューナとヴェルチェの間に火花が走る!
しかし、デューナは勝者の笑みを浮かべて、その理由を口にした。
「ルアンタはさ、
そう言って、彼女は特大級の胸の膨らみを「ブルン!!」と揺らして見せた!
一方、自らの胸を撫で下ろし、悲しいまでに抵抗の無い絶壁を自覚した、ヴェルチェの顔を絶望が彩る!
「こ……これからぁ!これから、成長いたしますわぁ!」
「それでも、アタシには追い付けないだろうけどねぇ」
「ぐぬぬ……」
持つ者と持たざる者の、圧倒的なまでの戦力差。
見る者が見たなら、涙を流さずにはいられない事だろう。
……っていうか、ちょっと待て君達。
「二人とも、前世の男だった記憶が残っているのに、なんでルアンタの取り合いをしてるんですかっ!」
まぁ、デューナはオーガの女性になって、溢れんばかりの母性愛に目覚めたから分からないでもない。
しかし、ヴェルチェの方はどうなんだ?
「なんでって……ワタクシは今、女性ですし」
止めに入った私は、逆に「何言ってんだ、こいつ?」といった目で見られてしまう。
あれ?私が変なの?
「なんですの、エリ姉様はまだ前世を引きずっていますの?」
「因縁を晴らすのと、今の人生をどう生きるかは別問題だろうに」
「何気に、面倒臭い性格ですわね」
「コイツは、昔からそういう所があったよ」
さっきまで敵対していた二人は、あっさりと仲違いをやめている。
「で、ですが、男として生きてきた記憶もあるのに、少年に……」
「細かいこたぁ、いいんだよ!」
「そうですわ。それとも、エリ姉様はルアンタ様をお好きではないと?」
「え、いや……」
そりゃあ、好きか嫌いかで言えば好きではある。
で、でも、それは師弟愛のような物であって……。
「じゃあ、アタシがルアンタを貰ってもいいよな?」
「いえいえ、ワタクシが……」
「ダメです!」
そう、可愛い愛弟子の貞操は、師である私が責任持って守らねば!
キッチリと釘を刺しておくと、二人は今だブーブー言うので、だったら先に私を倒してからにしろと伝えると、ようやく引き下がった。
やれやれ……。
それにしても……前世と今の人生は別問題、か。
いまだ完全に割り切れていない私の胸の内で、デューナ達の一言が以前と同じように何度も繰り返されていた。
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