第27話 勝利の裏で
◆◆◆
「儂らの勝利に、乾杯じゃあぁぁぁっ!」
もう何度目かになるか分からないが、野太いドワーフの声で勝利を祝う雄叫びが響く。
魔将軍ディアーレンを倒し、ドワーフの城を取り戻した彼等は、捕まっていた時の様子が嘘のように、大いに盛り上がっていた。
別に、あんたら何もやってないじゃないと思う気持ちもあるのだけれど、それを言うのも野暮なので黙っておこう。
こうして、食事と酒にはありつけた訳だしね。
しかし、何処にこれらの食材を隠していたのか……?
不思議に思って給事をしていたドワーフの女性に尋ねると、単にドワーフの食材は魔族の好む物ではなかったからか、普通に放置されていただけとの事だった。
酒は強い物ばかりだし、長期間地下に潜るためか、塩漬けや燻製等の保存の効く状態に加工してある食材ばかりだったのが、幸を奏したようだ。
しかし、それらの保存食を調理する事で酒のアテに最適な旨辛い料理に仕上げるのだから、ドワーフの料理法も大したものである。
「よぉ!飲んでおるかね、ダークエルフの客人!」
酔った一人のドワーフが、声をかけてくる。
多分、あの洞窟に捕らわれていた内の一人だろうが……みんな髭面で厳つい顔だから、ちょっと個人の判別はつかないな。
「ええ、いただいていますよ」
とりあえず、愛想笑いをしながらそう返すと、ドワーフは上機嫌でうんうんと頷く。
「向こうで勇者の坊主も飲んでるから、ねーちゃんもたっぷり飲んでくれよな!」
「!?」
言われて彼の視線の先に目を向けると、そこには数人に囲まれて酒を勧められている、ルアンタの姿がっ!
「何を子供に酒を勧めてるんですか、貴方達はっ!」
私は、残像が残るほどの速さでルアンタの元に駆け寄り、神速の左拳で周囲のドワーフ達の顎を撃ち抜く!
脳を揺らされ、一瞬で意識を失う彼等だったが、傍目には酔い潰れたようにしか見えなかったろう。
「ルアンタ!しっかりしなさい!」
「あ~、先生らぁ~」
呂律の回らない口調でニコニコしながら、ルアンタは私の胸に頭を預けてくる。
「こ、こら……」
「先生ぇ……」
ぬうっ!
普段と違う、甘え度百パーセントの声に私もかなり動揺してしまう!
酔いが回ってるとはいえ、こんなにストレートに甘えて来るのは初めてだもんなぁ。
これが鋼鉄の意思を持つ私でなく、デューナ辺りに向けられていたら、今ごろ彼の貞操は奪われていた事だろう。
危ない、危ない。
ルアンタをあからさまに狙う、デューナやヴェルチェにこんな姿を見られたら危険だと判断した私は、素早く彼を寝室へと運び寝かしつける事にする。
上着を脱がせてからベッドへ寝かし、ついでに頭をソッと撫でてあげると、ルアンタは子犬のような幸せそうな寝顔になった。
はぁ……癒されるわぁ……。
さて……息抜きはこの辺にしておこう。
これからの事について、
ある意味、ルアンタが寝てしまっているのは好都合だろう。
私は宴会場に戻ると、いまだにドンチャン騒ぎをしている彼女を見つけ、この場から連れ出すために肩を叩いた。
「デューナ、ちょっと付き合ってください」
「ああん?何処に行こうってんだい?」
「風呂です」
「風呂か!」
誘い出す切っ掛けに二つ返事で応じた彼女を連れだって、私達はドワーフの城の地下にあるという、天然温泉へと赴いた。
◆
ドワーフの地下温泉は、地上の清流から冷水を引き入れていて、適度な温度を保つように設計されている。
さすが、その辺の細工は土と岩の住人達なだけあって、お手の物だという。
現在、ドワーフの女衆は宴会の切り盛りで忙しく、この地下温泉(女湯)にいるのは、私とデューナの二人だけだ。
私達の、前世の素性を絡めた話をこっそりとするには、丁度いいシチュエーションである。
「それで?いったい何が気になるのさ?」
それなりに察しのいいデューナは、私が彼女を連れ出した意図を尋ねてきた。
「ええ……今回の件で、魔将軍を名乗っていたディアーレンと、その背景についてです」
「背景……?」
「今現在、魔界と魔族に大きな変化があったと思われます。ですから、私達も今後の行動について話し合いをしておこうと思ったんですよ」
「どういう変化があったっていうのさ?」
例えば、今回のディアーレンが『アイドル』という形で支配を目論んだ点。
確かに現実味のないアホな作戦に思えるけれど、支配の方向性が『懐柔』だった場合にはそれなりの効果があると思われた。
「えー?そうかぁ?」
私の意見を聞いたデューナは、懐疑的な表情を浮かべる。
「人間界においても、芸事で人々を魅了する『アイドル』という存在がある以上、魔族が中心とはいえ、それが受け入れられる土壌はあると思われます。これにファン等が付けば、それらは潜在的な味方となるでしょう」
「まぁ、そういう事もあるかもしれないねぇ」
「そして、ディアーレンがヴェルチェを自分のユニットにしようとしていた事も、ポイントです。ドワーフに繁栄をもたらすという、ノーブル・ドワーフが、魔族と共にチームを組んでいれば、彼等らは魔族に付く事が繁栄に繋がる……と、考え始めるかもしれません」
「なるほど、そうなると優れた技術者集団を、一気に自陣営に引き抜けるって事になるのか」
真面目に呟くデューナに、私は頷いて見せる。
「まぁ、そこまで上手く事が進むとは思いませんが、私が脅威に感じているのはそういった策を容認したり、実行する者に魔将軍などという地位を与えられる柔軟さが、今の魔族の上層部にあるということです」
かつて、私達がまだ魔界にいた頃は、魔族の価値観と言えば『力こそパワー!』みたいな、強さ至上主義だった。
そんな頃に、「アイドルになって、みんなを支配をしたい」なんて考え方を持つ者がいても、魔将軍はおろか一般兵ですら相手にしなかっただろう。
「確かに、アタシが転生する前だったら、『寝言は寝て言え!』と突き放していただろうね」
うん、
「それに、ディアーレンは
「ああん?それってつまり、今のオルブルにもアンタ同様の異世界の知識があって、なおかつその計画を実行に移せるだけの地位にあるって事かい?」
「魔導宰相などと呼ばれているのですから、その可能性は高いでしょう」
肯定する私に、デューナは苦虫を噛み潰したような顔つきになる。
「マジか……エリクシアの魔道具みたいなのが大量に出てきたら、お手上げじゃないか」
心配なのは分かるけれど、おそらくそれはないだろう。
自分で言うのもなんだけど、『バレットギア』を初めとする私の魔道具は、知識と素材、そして膨大な魔力という、三位一体の要素が必要なのだ。
それを私の名を騙るぽっと出の連中に、易々と真似できてたまるかっつーの!
自信を持ってそう言うと、「まぁ、あんなワケわかんない物を作れる奴は、そうそういないわな」などと言って、デューナも納得したようだった。
誉められたんだろうか?
「しかし、魔族の政策が変わったといっても、アタシらがやる事にも変わりはないだろう?」
「それはそうです。ですが、できれば戦闘面以外で様々なサポート長けている……そんな人材がパーティにほしいですね」
とは言ってみたものの、そういった人物に心当たりが無い私とデューナは、腕組みしながら、「うーん……」と唸るばかりだ。
そんな時、不意に浴場の扉が開く音がして、誰かが女湯に入ってきた。
誰が来たのかとそちらに目をやれば、豪奢にカールした金髪ロールを濡れないようにまとめた物を揺らしながら、小柄で平坦な体躯の人物がこちらに向かってくる。
「失礼いたします。ワタクシも、ご一緒させていただきますわ」
「ヴェルチェ……さん」
ニッコリと笑顔を浮かべたドワーフの姫は、こちらの返事を待つこともなく、体に巻いたタオルを外して私達と同じく湯船に浸ってきた。
はふぅ……と、心地よさそうなため息を漏らして、ヴェルチェはチラリと私達に目配せをする。
「何やらお二人ともお話に夢中でしたので、中々入る事ができずにヤキモキいたしましたわ」
何っ!? ひょっとして、私達の会話を聞かれてしまったのか!?
「ご心配なく。他人様の話に聞き耳を立てるような、出歯亀じみた真似はいたしませんわ」
ふぅ。どうやら、私達の
だけど、私達がいるこの場所に、わざわざ入り込んできたからには、何らかの用があるんだろう。けど……いったい、何事だろうか?
そう思いながらも、彼女の様子をうかがうと、何やら意を決したように、ヴェルチェは口を開いた。
「実は、ルアンタ様のお師匠であられるお二方に、お願いがございますの」
「お願い……ですか?」
「はい」
「んん?それは、どんなお願いなんだい?」
子供に弱いデューナが、やや表情を崩してヴェルチェに接する。
いや、その娘は外見が若いだけで、年齢的には私達と差はないんだが。
子供扱いされている事を、察したらしいヴェルチェも、なんだか嫌そうな顔をする。
しかし、コホンと咳払いして気を取り直した彼女は、改めて私達に頭を下げながら、お願いを口にした。
「どうか、ワタクシもルアンタ様達の旅の一行に、加えていただきたいのです」
「えっ?」
てっきり魔道具について聞かれると思っていた私は、予想外の申し出に言葉を失ってしまった。
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