第24話 魔将軍の野望

        ◆◆◆


 これは……いったい、どういう状況なんだろう。


 拐われた弟子を助けに来てみたら、その弟子は女の子の格好をしながら、見知らぬ美少女とキ……キスをしようとしていた?

 あまりに思いもよらぬ光景に、少しだけ呆けていた頭がようやく働きだす。

 と、次の瞬間、胸の奥からドス黒く熱い感情がフツフツと沸き上がってきた!


「せ、先生!? いや、違うんです!これは……」

「ルアンタ様?あちらの方は……」

 慌てるルアンタの服をギュッと握りながら、彼の影に隠れるようにして知らない少女はこちらをうかがう。

 ちょっと、くっつき過ぎでしょうがっ!

 もっと離れなさい!

「なんだか、とても睨ませれているようで……ワタクシ、怖い」

 つい目付きが鋭くなってしまった私に怯えるような仕草を見せた美少女は、そう言うとさらにルアンタへと身を寄せた。

 くっ……なんてあざとい真似を!


「に、睨らんでる訳じゃないですよ!先生は、とっても優しい人ですから!」

「まぁ……優しいかどうかは分かりませんが、無駄な争いは私も望む所ではありません。ですが、拐われた弟子を心配して駆けつけてみれば、見知らぬ娘とイチャイチャしているんですから……呆れて、目付きも険しくなるという物です」

「あ、あう……」

 トゲのある私の物言いに、ルアンタは言葉を失い、オロオロと所在なさげな視線を漂わせる。


 ……おかしい。

 別にルアンタを苛めたい訳ではないし、無事で良かったと思ってもいるのだけど、感情がそれらを押し退けて彼にキツく当たってしまう。

 しかし、私に冷たくされたルアンタがあまりにも切なげな表情をするので、胸の内で渦巻いていた黒い想いは、次第に収まっていく。

 ……少し大人げなかっただろうか。

 それに、今はこんな事でもめている場合では無いだろう。


 あのルアンタの影に隠れているのは、状況から察するにドワーフの姫の確率が高い。

 ならば、彼女をルアンタから引き剥がして、綺麗に梱包してドワーフ達の元に帰してやるのが私のやるべき事だろう!


「……そちらのお嬢さんは、もしやドワーフの姫ではありませんか?」

 念のため確認を取ると、彼女は少し驚いたように私の顔を見た。

「……ヴェルチェ、と申します。失礼ですが、どこかでお会いしましたかしら?」

「いえ、初対面ですよ。実はここに来る途中、とある事情で魔族に捕らえられていたドワーフ達を解放したのです。その際、城に向かうなら貴女の事を気にかけてほしいと頼まれました」

「ああ……皆、無事だったのですね」

 私の言葉に、ヴェルチェは心から安心したようで、胸に手を当ててホッと息をついた。


「良かったですね、ヴェルチェさん」

「ありがとうございます、ルアンタ様!」

 ルアンタが声をかけると、ヴェルチェは笑顔で彼に抱きつく。

 何をしてるんだ、おい!

 私は無言で二人を引き剥がすと、無理矢理に笑顔を作ってヴェルチェを諭した。


「いけませんね、姫と呼ばれる立場の方が、無闇矢鱈と男性に抱きついては」

「あら……愛しい方と喜びを分かち合う事が、いけませんの?」

「愛し……見た目はルアンタと同年代でも、ドワーフならば実はよい歳でしょう?公衆の面前で年下の少年に抱きつくのは、少しばかりみっともないのでは?」

「年齢については、エルフ族の方に言われたくありませんわね。いったい、何百歳なのでしょうか?」

「私はまだ二十歳ですから、貴女よりも年下かもしれませんね」

「あら、ワタクシも二十歳ですわ。同い年とは、仲良く・・・やれそうですわね」

 ルアンタから離そうとする私に、彼にくっつこうとするヴェルチェ。

 バチバチと間に火花を散らせながら、お互いに一歩も引かず睨みあっていると、唐突に脇の方から声がかかった。


「これは、これは……いったい、何処に行こうというのかね?」

「っ!?」

 反射的に声の方へ目を向けると、数人の屈強な魔族に囲まれるようにして、なんだか派手な格好の魔族がニヤニヤとしていた。

 というか、あの女物の衣装を身に付けた、痩せた魔族。

 その特徴からして、奴がおそらく話に聞いていた……。


「ディアーレン!」

 中央の魔族へ向けて、ルアンタが叫ぶ!

 やはり、あいつが噂に聞いていた魔将軍か。

 ……本当に、すごい格好をしてるんだな。


「ふっふっふっ、折角衣装合わせをしていたというのに……困りますねぇ、その二人を連れ出されては」

「……よく、こちらが本命だと気づきましたね」

「それはそうでしょう。勇者の仲間であるオーガが、単独で正面から大暴れしていれば、少し知恵が回る者なら陽動だと疑いますよ」

 さすがに、昔と違って今の魔族にはそのくらい見抜ける奴がいるという事か。


「まぁ、なんにしてもその二人は私の野望の要……渡しはしませんよ」

「野望……?」

 それなりの地位があるにも関わらず、更なる上を見据えたような言葉を口にするなんて……。


「まさか、魔王ボウンズールに取って代わろうとでも、企んでいるんですか?」

 ある程度の力と地位を持つ者は、いつまでも誰かの下にいる事を好まない。

 特に、それが顕著なのが魔族だ。

 征服したドワーフの国を納め、ある意味で支配者となったディアーレンが下克上を企むのは、むしろ自然なのかもしれない。


「くっくっくっ、私の野望は、下克上そんなことではありませんよ」

「では、何を企んでいんでしょうね……」

 若干、強引ではあるけれど話を誘導してみる。

 まぁ、こういった陰謀を練っている奴等は、かなりの割合で自分の計画を自慢したがるから、上手くいけばポロリと話すかもしれないしね。


「ふっふっふっ……アイドル」

「……ん?」

「ですから、そこのドワーフの姫、勇者、そして私の三人で、アイドルユニットを結成するのですよ!」

「頭おかしいんじゃないですかっ!」

 想像の外過ぎるディアーレンの計画に、思わずストレートにツッコんでしまった!


「おやおや、美少女に美少年、そして私の魅惑のユニットですよ?売れない訳が無いでしょうに」

 鏡とか、見たこと無いの!?

 美少年と美少女プラスに対して、女装魔族マイナスがでかすぎるわっ!

 どうやったら、それでウケると思うんだ!


「ああ、まぁ……エルフとは美的感覚が、違いますからねぇ」

「どの種族の感覚でも、合いませんよ!どんだけ、自己評価が高いんですかっ!?」

「くっくっくっ、まぁ貴女方エルフには合わなくても、様々な需要を満たすであろう私のユニットは、即座に魔族はおろか、人間や他の亜人達も魅了するでしょう。そうして、全ての種族から愛される、生命体の頂点に私達が立つのです!」

 ううむ……言葉の意味はよくわからんが、とにかくすごい自信だ。


「……その野望だけなら確かに壮大ですが、貴方がいるユニットじゃ無理でしょう?」

「んふふふ、私を貶しても、貴女の美的センスが上がる訳ではありませんよ?」

「だったら、そこの側近の貴方!」

 まったく現実を見ないディアーレンではなく、私は奴を守る魔族に問いかけた。


「貴方はディアーレンの妄想の成就に、彼が必要だと思いますか?」

「あ……うう……セ、センターで……ぐふっ!ひ、必要だと思い……ゴフッ、思います……」

 血を吐きながら、魔族はなんとか言葉を口にする。

 敵ながら、ここまで自分の心を殺さなければならないなんて、同情を禁じ得ない。


「ふっふっふっ、分かっていますねぇ、君は。後で私のサインをあげましょう」

 どう見ても彼は致死量の嘘をついていたのに、さらに追い討ちをかけるとは……慈悲は無いのか、魔将軍!


「そ、そんな馬鹿げた計画に、協力などいたしませんわよ!」

「そ、そうだよ!それに、そんなふざけた理由で、僕にこんな恥ずかしい格好までさせてっ!」

「んふふふ、最初は照れるかもしれませんが、すぐに馴れますよ」

 ヴェルチェとルアンタが必死で抗議するが、ディアーレンは聞く耳を持たずに平然と受け流す。

 無敵か、こいつは!


「まぁ、そういった理由で、この二人はメンバーとして、また私を引き立てるアクセントとしても、返す訳にはいきません。それと……勇者くんに似合う衣装を選ぶ時間を潰してくれた貴女!邪魔になりそうな、貴女も排除させてもらいましょうか」

「ふん……やれる物ならやってみなさい」

 確かに人数は向こうの方が多いし、こちらには足手纏いヴェルチェがいる。

 それでも、密集している奴等なら、広域の魔法で……。


「先生、ダメです!ディアーレンは、こちらの魔法を吸収して、パワーアップするんですよ!」

「なんですって!?」

「僕も一度戦った時、奴に魔法を吸収されてしまって……さらに、直接掴まれることで魔力を奪われました!『魔力食い』の二つ名を持っている、危険な相手です!」

 ルアンタの警告に、ディアーレンは小さく舌打ちをする。

 魔法を吸収……なるほど、そんな特殊能力を持っているとは。

 魔将軍の肩書きは、伊達ではないという事か。


「やれやれ、余計な事を……。ダークエルフの使う魔法なら、かなりのパワーアップが見込めたでしょうにねぇ……」

 演劇のように、わざとらしく肩をすくめて、ディアーレンは大きなため息を吐いてみせる。

「ですが……私が『食らう』のは、敵の魔法だけではありませんよ?」

 魔将軍がそう言って、奴が合図を送った次の瞬間!

 奴を守っていたハズの魔族達が、一斉にディアーレンに向けて攻撃魔法を発動させた!

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