第21話 驚異の魔道具

「……魔王に敗北したと言いますけど、ボウンズールは直接この国に乗り込んできたって事ですか?」

「ワタクシは戦いに直接立ち会ってはおりませんが、魔族の進行があった後、残務処理をしていた連中がそう説明がしておりましたわ」

「そんな……魔王が最前線にでるなんて……」

 敵の王様なんだし、普通なら自分達の領内の戦闘くらいにしか出てこないと思う。

 それとも魔族の王は、よっぽどの戦闘狂とかなんだろうか?


「敵の真意はわかりかねますが、かなりの統率が取れた様子でしたわ。おそらく、魔導宰相オルブルの指揮があったのでしょうね」

「魔王ボウンズールの名前は聞いた事があるけど、魔導宰相オルブルっていうのは……」

 その名前は初めて聞くけど、明らかに大物な役職の魔族っぽい。


「……オルブルは、ボウンズールの弟ですわ。仲違いしているはずでしたのに、裏では繋がっていたようですわね」

 魔王達の名を口にした時、ヴェルチェさんの表情が苦々しい物に変わる。

 自分の国を滅ぼした、張本人達だもんな……どれだけ悔しかった事だろう。


「だけど、兄弟だとか仲違いしてたはずとか、そんな情報をよく持ってましたね」

「ええ、奴等とこちら・・・とは、少々因縁がございますの」

 因縁か……優れた武具を作るドワーフだけに、戦闘民族みたいな魔族とは色々あったんだろうな。


「なんにせよ、ワタクシ達にとっても、奴等は不倶戴天の敵ですわ!」

 グッと拳を握り、ヴェルチェさんは空を睨む。

 おそらく、魔王と魔導宰相にやられた日の事を思い出しているんだろう。

 その悔しさは、魔将軍にやられた僕の比ではないはずだ。


「……そういえば、人間の国々が魔王を討つべく勇者を選出したと聞いております。彼等は、どんな方々か貴方はご存じかしら?」

 ギクッ!

 こ、この流れでそこに来るか。

 い、今さら「僕が勇者の一人です」なんて言えない……。


「え、ええっと……ぼ、僕が知ってるのは一人だけですけど、なんでもダークエルフのと、ハイ・オーガの戦士の戦士が仲間にいるらしいですよ」

 本当は師匠達だけど、まぁ嘘は言ってない。

「なっ!?」

 でも、ヴェルチェさんの反応は劇的だった。


「ダークエルフといえば、エルフの中でもとびっきりの魔力の高さを誇る特異種ですし、ハイ・オーガも高い知能を誇る上位種ではありませんか!そんな方々を仲間にするなんて、勇者様はなんてスゴい方なのでしょう!」

 ああ……完全に『スゴい勇者様』を夢想する顔になってる。

 ごめんなさい、その勇者は目の前にいる頼りない子供なんです……。


「それで、その勇者様ご一行は、どのような偉業を成し遂げておいでですの!?」

「えっと……『黒狼』っていうモンスターを退治したり……」

「まぁっ!噂に聞く森を支配し、人間の冒険者達を何度も返り討ちにしたという、正体不明のモンスターを……」

「あとは、山賊をしていたハイ・オーガの一団を屈伏させたり」

「ハイ・オーガの一団を……しかも、討伐ではなく、屈伏とは……」

 他には他には?と、彼女はエピソードをせがんで来るけど、これ以上は話にボロが出そうだし、ヴェルチェさんの中の勇者像がとんでもない事になってそうで危険だ!


「ぼ、僕が知ってるのはこれくらいです」

「そうですの……」

 ちょっと残念という感じで、彼女の声のトーンが下がったけど、すぐに笑顔で顔を近づけて上げた。

「ですが、そんなにスゴい勇者様が近くにいらっしゃるなら、貴方の先生達とやらが救出に来る前に、ここの魔将軍も討伐してくださるかもしれませんわね」

「そ、そうですね……」

 本当にすいません……。

 だけど、先生達が来れば、なんとか名誉挽回の機会はあるだろうから、その時に頑張ろう。


「とにかく、何か武器になるような物を探しておかなくちゃ」

 いざ、反撃の時に、武器が無いのでは話にならない。

 いや、僕一人だけなら魔力の回復ができれば『エリクシア流魔闘術』でどうとでもなるけれど、ヴェルチェさんを庇いう事を考えると、やっぱりなにか武器があった方がいい。


「残念ながら、この部屋には武器にならそうな物は、ありませんことよ?」

「そうでしょうね。でも、せめて剣の代わりになるものが一本でもあれば……」

 そう狭くはない室内をグルリと見回したけど、特に目を引く物はない。

 精々、脱ぎ散らかした後がある(たぶんヴェルチェさんの)下着や衣服くらいだ。


「な、何を見ておりますのっ!!」

 真っ赤になったヴェルチェさんが、慌てて散乱していた衣服をかき集める。

「いやですわ!いやですわ!これだから殿方は!そうやって、ワタクシの事を邪な目で……」

 ……ああ、うん。

 エリクシア先生の妖艶な下着ならともかく、お子様体型のヴェルチェさんの下着には「ちゃんと畳まないとシワになるよ」くらいの感想しかないかな。


「……誰かと比較されているようで、何か腹立たしい感じがしますわ」

「イイエ、ソンナコトハナイデスヨ?」

 棒読みみたいな感じで彼女の非難するような目をやり過ごし、僕は再び武器のアテを探す。

 なんせ、僕も宿で寝ていた時の着の身着のままだったから……あっ!

 その時、フッと思い出した!


「そうだ、先生からもらったアレが!」

「な、何をしておりますの!」

 ヴェルチェさんの抗議を無視して、僕は上着をはだけると、その内側に注目する。

 すると、なんでもない寝巻き代わりの服の内側には、内ポケットのような物がひとつ付いていた。

 そう、魔力経路を強化する前に先生からもらった、収納魔法がかけられた『別次元ポケット』だ!


 もらった時に簡単な説明を受け、懐にしまうと同時に服の内側に張り付けておいたのが、ここに来て役に立ったぞ!

 さすがの誘拐犯も、服の内側までは注目しなかったみたいだ。

 まぁ、これを見ても魔道具の類いとは、思わないだろうけど。


「なんですの、いったい?」

「このポケットは、僕の先生が作ってくれた魔道具なんです」

「はい?ポケットが魔道具?」

 ヴェルチェさんの頭上には、「?」マークが浮かび上がってるみたいだけど、実際に見てもらった方が早いかな。

 僕が、そう深そうに見えないポケットの中にズボッと手を突っ込む。

 すると彼女は、「ふぇつ!?」っと奇妙な声をあげた。


「よっと」

 僕がポケットから手を抜いた時、小さな小瓶が握られていた。

 先生が前もって入れておいてくれた、魔力回復の魔法薬だ。

 だけど、魔法薬それを取り出した事に、ヴェルチェさんが心底驚いた顔をしていた。


「な、な、な……そんな物が入っている様子なんて……どういう事ですの?どういう事ですの?」

「このポケットには、収納魔法というものが使われていて、色々な道具をしまっておけるんです」

「しゅ、収納魔法!? そんな物、聞いたこともありませんわ!」

 彼女が驚愕するのも、無理はない。

 僕だって、先生が実物を見せてくれるまで、考えもしなかったし。


「そ、その魔道具には、どれくらいの量が入りますの?」

 魔道具作りも行うドワーフの血が疼いたのか、興奮気味のヴェルチェさんがグイグイ迫ってくる。

「え、ええっと……たしか、この部屋くらいの収納スペースはあるって話だったけど……」

「な、なんですって!それはスゴい事ですわ!スゴい事ですわっ!」

 フーッ、フーッと、息を荒くしながら、別次元ポケットをガン見するヴェルチェさん。

 なんだか目も血走っていて、ちょっと怖い……。


「も、もっとよく見せていただけませんかっ!」

「わあっ!ちょ、ちょっと!」

 興奮したヴェルチェさんが、服を奪い去る勢いで掴みかかってくる!

 僕が慌てて声をかけると、彼女はまるで襲いかかっているような自分の姿に気づいて、パッと手を離した。


「は、はしたない真似を……し、失礼いたしましたわ!」

「いえ、ドワーフほどの職人気質な種族なら、未知の魔道具に興味は湧きますもんね」

「ご理解いただき、感謝いたします」

 恥ずかしそうにしていたけど、気を取り直してコホンと小さく咳払いしたヴェルチェさんは、真面目な顔で尋ねてきた。


「この魔道具ポケットは……他にも有りますの?」

「あ、いいえ。先生の物と、僕の物だけです」

 先生曰く、これを作るには莫大な魔力と複雑な術式が必要らしくて、そうそう量産はできないそうだ。

 それに、他者に悪用されないよう、所有者と魔力の波長を合わせる必要があるらしいから、これは僕専用の魔道具という事になる。


 僕専用……エリクシア先生が、僕のためだけに作ってくれたと思うと、勝手に顔が緩んでしまう。

「……何をニヤニヤとしておりますの?」

「べ、別にニヤニヤなんてしてないです!」

 いけない、いけない。

 さすがに、人前で妄想に浸るのはダメだよね。


「それにしても、残念ですわ。できれば、ワタクシにも現物をひとつお譲りいただきたいのですが……」

 そう言って、ヴェルチェさんはチラチラと僕の別次元ポケットに視線を送る。

 詳しく調べさせてほしい、できれば自分に譲ってほしいとその目は訴えていたけれど、さすがにそれは出来ない。

 先生の独自技術の塊だし、万が一壊れでもしたら直しようもないしね。


「うう……うううぅ……」

 心の底から悔しそうに、ヴェルチェさんは唸るけど、これは譲れない。

 でも……無いとは思うけど、彼女の好奇心が暴走したら困るから、僕の方からひとつ提案してみる。

「たぶん、近い内にこれを作った僕の先生達がここに乗り込んで来ますから、その時に先生に直談判してみたらどうですか?」

「……確かに、それが現実的ですわね」

 そう呟きながら、ヴェルチェさんは何か言いたげに僕の方を見ている。

 おそらく、その時に口添えしてほしいと言いたいんだろうな。


「……僕の方からも、先生にお願いしてみますよ」

 それでも期待はしないでくださいねと付け加えたけど、ヴェルチェさんはパッと微笑みながら感謝の言葉を口にした。

 ううん、こうしていると本当に可愛い人だな。

 僕には年下の弟妹はいないけど、いたとしたらこんな感じなんだろうか。

「……いま何が、不遜な事を考えませんでしたか?」

「そ、そんな事はないですよ」

 疑わしげに睨まれて、僕は慌てて誤魔化した。


「さて、何にしても脱出の時まで力を貯めておかなきゃ」

「そうはおっしゃいますが、ワタクシ達に何ができますの?」

 呟いた僕に、ヴェルチェさんは疑問を投げ掛けてくる。


「外の混乱に乗じて逃げるとか、色々できますよ」

「下手に動いても、逆効果かもしれませんわよ?」

「それでも、ジッとしていて人質という盾にされる訳には行きませんから」

「それは……そうかもしれませんが……」

 少し考えこむヴェルチェさんだったけど、結局は僕の考えに賛同してくれた。


「ですけど、ワタクシはあまり武芸には長けておりませんわよ?」

「ようは、奴等に捕まっていなければいいんですよ。それに、いざとなったら僕がヴェルチェさんを守りますから」

 僕がそう言うと、彼女はなぜかプイッと顔を背けてしまった。

「こ、子供のくせに、生意気な事を言うものではありませんわ!」

 なんだか、キツい言葉で返されてしまった。

 耳まで真っ赤だし……怒ってるのかな?


 なんだか気まずい空気になってしまったため、僕はおとなしく先程取り出した魔法薬を飲むことにした。

 エリクシア先生が作った薬の効果は抜群で、完全ではないものの魔力がみなぎって来るのが感じられる!

 よし……!


 どっかりと床に腰を下ろし、体内の魔力を増幅、循環させるために瞑想を行う。

 ……だけど、魔力が全身を流れるのと同時に、あの魔力経路を強化してもらっていた時の、恥ずかしい状況が頭に浮かんできて、思わず頭を抱えそうになる!


「……何をやっていますの?」

 ひとりで悶える僕を、ヴェルチェさんが怪訝そうな表情で眺めていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る