第20話 囚われの姫と勇者

「……どうやら人間のようですし、新しいお世話係りか何かの人かしら?」

 少女は訝しげに、床に転がる僕を見ながらそんな事を言う。

「そ、そんなんじゃないよ」

 魔力を吸われてひどく怠いけれど、女の子に変な目で見られながら見下ろされるのは居心地が悪いので、頑張って体を起こした。


「そうですわよね。そもそも、縛られていてはワタクシの世話どころか、自分の世話も満足に出来なさそうですし」

 いまだに縛られたままの僕を指摘するその言葉に、少しだけ羞恥心を覚える。

 くぅ……あの時に短刀が手にはいれば。

 いや、それ以前に魔力を吸われていなければ、身体能力を上げてロープを引きちぎる事もできるのに!


「ごめんあそばせ」

 ふと、少女は僕の背後に回ると、固く結ばれたロープの結び目を、軽々とほどいてしまう。

 大の大人がギッチリ締めていたというのに、見かけによらずスゴい力を持った子だ。

 内心、驚きながらも晴れて自由の身になり、そうして向き合った彼女は、僕とほとんど背丈も変わらなかった。

 やっぱり、同じくらいの歳なんだろうか?


「では、改めてお尋ねしますわ。貴方はいったい、何者ですの?」

「……僕は、ルアンタ・トラザルム。君は?」

 僕は言葉少なめにそう答え、彼女の名前を問う。

 本当なら勇者と名乗った方が良いのかもしれないけれど、「何でこんな所に?」なんて尋ねられたら、誘拐された事や魔将軍にやられた事も話さなくちゃならない。

 一応、勇者は魔族に対する希望みたいな扱いなんだから、一般の人(?)の前で情けないエピソードを話す訳にはいかないよね。


「……ふうん、まぁ大方あのディアーレンにやられて、ここに放り込まれたといった所かしら?」

 うっ、見透かされてる……。

 少し後ろめたい気持ちを抱えた僕とは裏腹に、彼女は胸を張って堂々と自己紹介をしてきた。

「ワタクシはヴェルチェ。ドワーフ族の姫をしておりますわ」

 ドワーフ!

 なるほど、どうりで見かけよりもパワーがあるはすだ。


 でも、姫をしている・・・・・・っていうのはなんだろう?

 その言い方だと、身分じゃなくて役職みたいな感じだ。

 怪訝そうな顔をした僕の心情を察したのか、ヴェルチェと名乗ったドワーフの少女はクスッと小さく笑った。


「まぁ、姫と申しましても、いわゆる人間の王族とは、少し意味合いが違いますわ。ドワーフの場合、ワタクシの様に金色の髪を持って生まれた女子を『姫』と称するのです」

 へぇ、そうなんだ。

 確かに、ドワーフって言うと黒や灰色っぽい髪が普通で、彼女のような金髪は珍しいかもしれない。


「とはいえ、扱いとしてはそちらの『姫』と遜色はありませんことよ?何せ、金の髪を持つドワーフは種族の宝と、言われておりますから」

 自慢気に髪を靡かせて、ヴェルチェはクルリとその場で一回転して見せた。

 うーん、僕としては金髪なんて普通に見る物だから、そんなに珍しくはないんだけど……。

 でも、女の子が自慢をしている時に、水を差すような事を言うとロクな事にならないのはよく知ってる。

 だから、ひとまず「凄いね」と相槌を打って、トラブルを避けることにした。


「……なんだか、称賛に気持ちが籠っていませんわね」

 うっ!この子、本当に鋭いな。

「そ、そんな事はないよ?ちなみに、何で金髪のドワーフだと、そこまで大事にされるの?」

「よくぞ聞いてくださいましたわ!」

 ヴェルチェはパッと顔を輝かせて、説明し始めた。


「まず、ドワーフ族には『金色の髪を持つ娘は、部族に繁栄をもたらす至宝となる』という言い伝えがありますの。それというのも、ワタクシのような金髪のドワーフは、稀少な魔法金属の加工や、その鉱脈を見つける事に長けており、高い魔力を備えている事が多いからなのですわ!」

 ペラペラと淀みなく語る彼女は、さらに続ける。

「もちろん、ワタクシも例に漏れずミスリルやオリハルコンの鉱脈を発見したり、それらの加工を得意としておりますのよ!故に、ワタクシ達は繁栄の象徴として、『貴族ノーブルドワーフ』等とも呼ばれておりますわ!」

 再び大きく胸を張ったヴェルチェは、どうだと言わんばかりに僕に向かって手を伸ばした。

 あ、これは称賛の言葉がほしいって事かな。


「うん、すごいね」

「……やはり感情が籠っておりませんわね」

 僕の感想に、ヴェルチェは不満げに頬を膨らませながら、めつけてくる。

 だけど、元が愛嬌のある美少女だけに、そんな仕種も可愛らしいだけだった。


「……まぁ、この価値観は、人間の方には理解しづらいかもしれませんわね。ですが、一度ワタクシが作った魔法金属の武具や、魔道具の数々をご覧になれば、心から称賛せずにはいられないでしょう」

 僕とそう歳も変わらなく見えるのに、彼女は自信満々だ。

 僕もこれくらい、自信に溢れていたら、エリクシア先生も少しは男として見てくれるんだろうか……。

 いやいや、今はそれどころじゃないだろ!

 邪念を払うべく、ブンブンと頭を振る僕を、彼女は不思議そうに眺めていた。


「なんにしても、貴方の言葉からは敬意が感じられませんわ」

 これだからお子様は……と、ヴェルチェは肩を竦める。

 そんな彼女の態度に、さすがの僕も少しムッとなった。

「確かに君はドワーフの中では稀少な種族かもしれないけど、僕と歳もそう変わらないのに尊大過ぎるんじゃないのかい?」

 そう言い返すと、彼女は目をパチクリさせる。


「……貴方、お歳は?」

「十三だけど……」

「ワタクシはこれでも二十歳で、貴方よりも歳上ですわよ?」

「ええっ!?」

 思わず、大きな声が出た!

 だ、だってどう見ても僕と同じくらい……下手をすれば年下にしか見えないのに!


「……はぁ、ワタクシ達ドワーフ族は、人間から見れば背も低く幼く見えるとは聞き及んでおりましたけど、どうやら貴方も勘違いなさっていたようですわね」

「えっと、その……す、すみません」

「素直に謝れるのは、大変よろしくてよ。今後は、言葉づかいに気をつけてくださいまし」

 お姉さんぶってヴェルチェ……さんは、僕のおでこを軽く指でつついた。


 しかし……二十歳かぁ。

 エリクシア先生やデューナ先生も同じくらいの年齢だって聞いてたけど、あの二人とは別のベクトルでそうは見えないよなぁ。

 例えば、同じ歳だってはいうけど、激しく主張する先生達の胸に比べると、彼女は身長に比例して、スゴくささやかな膨らみしかないし。

「……なにか、邪な事を考えておりませんか?」

「そ、そんな事ないよ!……です」

 慌てて否定する僕に、「まったく、殿方は……」と、ヴェルチェは大きくため息を吐いた。


 危うく激怒されそうだった僕は、気を取り直してこれからの事を考え始める。

 確か、僕を拐った『毒竜団』の男は、奴の仲間が先生達に情報を売るとも言っていた。

 だとすれば、先生達がここに乗り込んで来るのは時間の問題だろう。


 最初は情けなさから、見限られるかも……なんて不安にもなったけど、あのエリクシア先生(あとデューナ先生)が、そんな冷たい事をするはずが無いもんな。

 しかし、それだけにいざという時に人質にされるような事だけは避けなくちゃいけない。

 まぁ、すでに人質じゃないかと言われれば、返す言葉もないんだけれど。

 でも、先生達が攻めてきた混乱に乗じれば、きっと僕達にも逃げるチャンスができるはずだ。


「今は下手に動かず、先生達を待ってその時に備えよう!」

「随分とその先生方を信頼しているようですけど、その方々は魔将軍に勝てるとお思いですの?」

「それはもう!」

 僕は絶対の自信を持って頷く。

 すると、何が可笑しかったのか、ヴェルチェさんは微笑みを浮かべた。


「羨ましいですわ……それほどの強者と、信頼しあっている貴方が。ワタクシ達にも、それほどの強さがあれば、こうして捕虜にされたり、いいように使われる事もなかったのでしょうけど……」

 どことなく遠い目をしながら、彼女は自嘲気味に呟く。

 そうか、ドワーフの国って魔族に攻め落とされから……。


「言い辛いかもしれませんけど、ドワーフの人達は何をやらされているんですか?」

「それは……」

 ヴェルチェさんが言い澱む。

 おそらくだけど、ドワーフの作る良質な武器や防具が、魔族へと供給させられているんじゃないかと思う。

 自分達を攻め落とした連中を、更に強化させるような事に協力させられているとしたら、それはとても辛い事だろう。


「……ディアーレンの、コレクションを作らされていますわ」

「……はい?」

「ですから!魔将軍ディアーレンのコレクションである、きらびやかな衣装や装飾品を作らされているのです!」

 衣装や装飾品?

 しかも、ディアーレンの個人的な?


「なんでそんな、ドワーフの技術の無駄遣いを!?」

「知りませんわよ!あの馬鹿……ディアーレンが、趣味にうつつをぬかし過ぎなんじゃありませんの!?」

 本音が漏れそうだったのをちょっと言い直して、ヴェルチェさんはプイッと顔を反らす。

 いや、そりゃそんな馬鹿な事をする奴の考えなんて、わからないと思うけど……。


 確かにドワーフといえば手先の器用さは有名で、ドレスや儀礼用の鎧なんかの製作を依頼する人間の貴族なんかもいる。

 けど、攻め落としたとはいえ、戦いの最前線とも言える場所で、戦力の強化より趣味を優先するなんて……。

 そういえば、地下牢だった場所が一杯になるほどコレクションがあるみたいな事を、奴の部下が言ってたけど、もしかしてドワーフ達を総動員してるんだろうか?

 だとしたら、本物の馬鹿だと思うけど。


「言っておきますけど、ワタクシ達は魔族には敗北しましたが、ディアーレンに負けた訳ではありませんからね!あんな愚か者に敗北したと思われては、ドワーフの名折れですわ!」

 プンプンと、不機嫌そうに言うヴェルチェさんは言う。

 でも、それじゃあ誰がドワーフにの国に攻め入る指揮をしていたんだろう?

 つい小首を傾げた僕に、ヴェルチェさんは睨むような目付きで、顔を近づけてきた。


「ディアーレンはあくまで、征服後のこの国を任されただけ……言わば、中間管理職なんですの。真の強者は他に居ましてよ」

「そ、そうなんですか!?」

「ええ……この国を落としたのは、魔王」

「え?」

「魔王ボウンズールとその右腕、魔導宰相オルブル・・・・の軍勢ですわ!」


 ま、魔王に魔導宰相!?

 いずれぶつかる事になるだろう相手ではあるけれど、その名をこんな所で聞くことになるなんて、僕は思いもしなかった。

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