第16話 ハイ・オーガとの和解

         ◆◆◆


 その日、ガクレンの町を大きな驚きに包まれていた。

 それもそのはずで、なにしろ街道で山賊行為を行っていたオーガの一団を討伐しに行ったはずの勇者が、そのオーガ達を率いて帰って来たからだ。

 まだ町からは少し離れているのに、その喧騒を私の聴覚は捉えている。


「ああ、やっぱり騒ぎになってますね」

「どうしましょうか、先生……」

 まぁ、誤解を受けるのは仕方がない。

 ここは、私とルアンタ、あとはデューナの三人で事情を説明しに行った方がいいだろう。

「よーし、お前らはこの場でひと休みしてな」

 デューナにそう命令されると、オーガ達は座り込んだり寝転んだりフェチズムの話をしながら、思い思いの休憩スタイルで過ごし始めた。

 相変わらず、自由な連中だわ。


 そんなオーガ達を残して、私達三人が町の方へ進むと、向こうからも数人の人影がこちらへとやって来た。

 完全武装の冒険者達に囲まれて、神妙な顔つきで姿を現したのは、冒険者ギルドの支部長だ。


「ゆ、勇者ルアンタ殿にエリクシア殿……。そ、そちらのオーガ達はいったい……」

「ええ、それについて説明させてもらいに来たのです。とにかく、害意は無いので私達だけ町に入れてもらえますか?」

「そ、そちらのオーガの女性は、山賊達の首領とお見受けするが、本当に大丈夫なんでしょうな?」

「ああ、アタシはルアンタ達と一緒に旅をする事になったからね。そっちから襲ってこない限りは、暴れたりはしないさ」

 ニッと笑うデューナの言葉に、支部長を含めた冒険者達も驚きの表情を浮かべて、言葉を失った。


「ゆ、勇者殿と旅ってどういう……あ、いや。では、詳しい話を聞かせていただきましょう」

 そうして支部長に先導されて、私達はガクレン町に入っていった。


         ◆


「──なるほど、デューナ殿達オーガ山賊団は、勇者殿に懲らしめられた事で改心して、その旅の手助けをする事にしたと……」

「そういう事です」

 ギルド支部の支部長室に集まっていた、町の代表者達へ一通り説明をした私は、話をそう締め括った。


 一応、この町に来るまでの間に、私達の中で口裏は合わせておいた甲斐もあり、彼等もすんなりと信じたようだ。

 まぁ、一部は事実と異なったり誇張した部分もあるけれど、『勇者が頑張って平和になった』というストーリーの方が人間達にも受け入れ易いだろうしね。

 それに、ルアンタの名声が上がるのも悪くない。

 もっとも、ルアンタ本人は過剰に持ち上げられるのは心苦しいと、少ししょんぼりしていたけど。


「それで……デューナ殿はともかく、あのオーガ達はどうするつもりなのです?」

「それなんだがね、アイツらをこの町や商隊なんかの護衛団として、雇ってほしいんだよ」

「なっ!?」

 デューナの言葉に、町の代表者達は絶句する。

 まぁ、それはそうだろう。


「まぁ、アンタらもいきなり元山賊が護衛に着きますなんて言われても、信用なんかできないってものもっともさ」

 しかし、こんな反応をされるのは想定通り。

 だからデューナは、慌てる事なく話を進めた。


「これから一月ほど、ルアンタと一緒にアタシ達もこの町にとどまって、アイツらを監督する。その働きっぷりを見てから、正式に雇用するか決めてほしい」

「う、うむぅ……」

「ちなみに、アイツらは何度も魔族を撃退してる、それなりの手練れだからね。それに、ハイ・オーガは知性が備わってるから損得の勘定もできるし、条件さえ守れれば裏切りゃしないよ。まぁ、悪い話じゃないと思うよ?」

 ワイルドながらも美形なデューナにウインクされた支部長は、すこし赤くなりながらも威厳を持ってわかりましたと答えた。


「勇者ルアンタ殿の推薦であり、彼らを統率していたデューナ殿がそこまでおっしゃるなら、一月の間、オーガ達を護衛団として仮雇用しましょう」

「そう来なくっちゃ!」

「ただし!もしも何らかの被害が出た場合は、直ちに討伐対象として手配されますので、そこを肝に命じておいてください!」

 喜ぶデューナに、厳しい声で支部長は告げる。

 確かに、少し前まで山賊をやっていた連中なのだから、そのくらいの対応にはなるか。


「オッケー、オッケー。よーく、言っておくから」

 支部長達とは裏腹に、軽い調子で返してくるデューナに、代表者達も少し不安そうではあった。

「だ、大丈夫ですよ!ハイ・オーガの皆さんも話してみると、かなり気さくな人達ですから」

 慌ててフォローに入ったルアンタの言葉に、支部長達も半ば強引に笑顔で「そ、そうですな!」と答える。


「いや、しかし……あのオーガ山賊団を討伐するのではなく、従えて来るとは正直、驚きましたぞ。ルアンタ殿は、真の勇者でありますな」

「い、いえ。そんな事は……」

 恐縮するルアンタに、ギルド支部長達は謙遜なさらずとさらに持ち上げる。

 ふむ……こうして慣れない環境に戸惑うルアンタの姿も、なかなか可愛いらしくて悪くない。

 あ、そういえば……。


「ところで、この町に立ちよったルアンタ以外の勇者達というのは、その後どうしたのですか?」

 場合によっては、デューナ達の事はそいつらが対処に当たっていたとしてもおかしくなかった訳だが、それらしい連中は見ていないとハイ・オーガ達は言っていた。

「ああ、勇者の皆さん方なら、我々からの芝居を引き受けてもらってから、しばらくはぐれた仲間を探すために例の森周辺を探索していましたが、一旦国へ戻ると言っておりました」

「国へ?」

「はい。ルアンタ殿とはぐれた事もあったからでしょう……国からの指示を仰ぐと」

 そうか……まぁ、勇者といっても人間の国が選定した代表だもんな。

 不足の事態には、報告と今後の指示を受けるために戻らなくちゃいけないというのも理解できる。


 しかし、ルアンタが見つからない内に戻るというのは、ちょっと薄情じゃないか? 

 確かに彼は私と修行していたから見つからなかったんだろうが、いずれ顔を会わせたら少しだけ・・・・痛い目を見せてやろうかな……。

「先生、物騒なことは無しでお願いします……」

 私の表情から考えている事を察したのか、ルアンタが小さな声でそんな事を言った。


         ◆


 ──私達が、ガクレンの町に戻ってから三週間ほどが過ぎた。

 その間、オーガ山賊団改め、オーガ護衛団は思ったよりも町に溶け込む事に成功している。

 最初の頃は恐る恐るだった町の住人や冒険者達も、今ではかなり彼等と打ち解けていた。


「オーガのおじさん、高い高いしてー!」

「僕もー!」

「あーん、わたしもー!」

「ハッハッハッ、いいともいいとも!オーガのおじさんは、頼りがいのあるいい人だと、みんなのお姉さんや若いお母さんに伝えてくれよ!」

 子供達にもなつかれ、その巨体を遊び道具として提供しながらハイ・オーガ達は戯れたりしている。

 でも、少しは下心を隠す努力をしなさい。


 まぁ、そんな見え透いた魂胆に引っ掛かる女性はいないだろうから、それは置いといて……やはり強く大きいハイ・オーガ達が味方として近くにいるだけで、町の住人や街道を行く者達の安心感はかなり高くなっているようだ。

 ただ、最近は打ち解け過ぎたのか、男性冒険者と好みの女性のタイプや下ネタなんかの話題で酒盛りなんぞするものだから、一部の女性冒険者からゴミを見るような目で見られたりしているのが、問題と言えば問題かもしれない。


 しかし、オーガや人間を問わずそんな視線もご褒美とのたまう連中もいるし、そんな話題で仲良くなれる辺りは、種族に関係なく男と言うのは根っこの所で似たような物なのだろう。

 今は女の元男としては、どちらも理解できるだけに、ちょっとモヤモヤするものはあるけれど。


 さて、オーガ達はそんな感じなのだが、私達はと言えば……。


「踏み込みが甘い!剣を振る上半身だけじゃなくて、次の動きに移行する下半身にも注意を向けるんだよ!」

「はいっ!」

 デューナの打ち込みを受け止め、反撃を試みながら、ルアンタは大きな声で返事をした。


 私達に同行すると決めたあの日の約束通り、デューナは連日ルアンタに剣の稽古をつけている。

 彼女の稽古は実践的で、ルアンタに生傷は絶えないものの、この短期間で彼はメキメキと腕を上げていた。

 まだまだデューナに一矢報いるほどではないにしろ、このまま修行を積んでいけば、近く彼女から十本勝負で一本位は取れるようになるかもしれない。


 そんな風に、デューナとの修行時間が増えた事により、私とルアンタの時間は、前に比べて結構減っていた。

 まぁ……魔法の講習や魔力のコントロールの練習はやっているし、私も空いた時間でルアンタに頼まれていた魔道具を作る時間が取れたりはしている。しているのだけど……。


「なんでしょうね、この気持ちは……」

 ルアンタ用の収納魔法ポケットを作る手を止めて、私はひとり呟いた。

 はっきり言って、寂しい。なんだか、無性に寂しいのだ。


 森にいた頃は四六時中いっしょにいた彼が、私の元を離れて他の女と汗を流していると思うと、妙に落ち込むような気分になるのはなんなんだろう。

 ルアンタもルアンタで、最近は剣の修行を終えると、即お休みなさいな状態だし、ろくな会話も無いなんて日もある。

 そりゃ、疲れているのは分かるけど、少しくらいは師匠である私とのコミュニケーションを大事にしてほしいというかさ……。


「……すっかり過保護になっていますね、私は」

 自分の思考に、私は苦笑してしまう。

 これじゃまるで、子離れできない母親みたいじゃないか。

 デューナの事を母性本能に引っ張られたなんて分析しておきながら、思えば私も最初はルアンタにそんな気持ちが無かった訳じゃない。

 これは、人の事を言えないかもしれないな。


「ふぅ……余計な事は考えないで、さっさと完成させますか」

 気をとり直して、私は止まっていた作業の手を再び動かし魔道具の仕上げを行っていく。

 これなら、今夜までには完成するだろう。

 これを渡し時、ルアンタはどんな風に喜ぶだろうか……。

 彼の嬉しそうな顔を想像して、私はいつの間にかニヤニヤとほくそ笑んでいた。


         ◆


「わあっ!」

 その日の夜、私の部屋に呼んだルアンタに完成した収納魔法ポケットを渡すと、案の定、彼は満面の笑みを浮かべた。

 その笑顔が可愛らしくて、私も内心で満足感に浸る。


「その中には、すでに少しだけアイテムを入れてあります。後で、確認しておくと良いでしょう」

「はいっ!ありがとうございます、エリクシア先生!」

 元気よく答えたルアンタは、ペコリと頭を下げた。

 最近、ルアンタは私を前のように『先生』だけではなく、名前も含めて呼ぶようになった。

 デューナという新しい師匠が増えたから、混同しないためだろう。

 しかし、名前で呼ばれると彼との距離感が縮まった感じがして、それがなかなか悪くない。


 そんな風に密かにご機嫌でいると、渡された魔道具をひとまず懐にしまい込んだルアンタが、なにやらモジモジとしていた。

 はて?いつもなら、お休みなさいと部屋に戻っていくと思っていたのだが……?


「エ、エリクシア先生!」

「っ、どうしました?」

 不意に大きめの声で呼ばれ、ちょっとびっくりしながらも冷静を装って返事をする。

 すると、ルアンタは顔を赤く染めながら、恥ずかしそうに口を開いた。


「あ、あの……最近、また、魔力経路の開発が、う、上手くできていなくて……よ、よかったら、また、先生に……て、手解きをしてもらえたらと、思いまして……」

 言葉の最後の方は消え入るように小さくなり、そのままルアンタは恥ずかしそうに俯いてしまった。


 ふむ。

 要するに、また私に魔力経路開発を行ってほしい、と。

 今のルアンタくらいに魔力のコントロールができるならば、ひとりでも経路の開発と強化はできるはずなのだが……。


 んもう、しょうがないなあ~♪

 普段は真面目で一生懸命なのに、私にだけ・・・・こうやって甘えてワガママを言っちゃうんだもんなぁ、ルアンタは♪

 まぁ?可愛い愛弟子のお願いだし?

 聞いてあげるのも、師匠の役目というものですよね?

 誰に言い訳してるのか自分でもわからないが、とにかく上機嫌になった私は、ルアンタのお願いを快く引き受ける事にした。


「いいでしょう、久しぶりにルアンタの修行の成果を確認してみましょうか」

「は、はい!お願いします!」

「では、私の側にいらっしゃい」

「……はい」

 何かを期待するような瞳と、妙に艶のある声で返事をしながら、ルアンタは私とベッドまで移動して並んで座る。


「お願い……します……」

 潤んだ瞳で私を見上げるルアンタの姿に、なぜか私はゴクリと息を飲んでしまった。

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