第17話 魔力経路の強化

「では、始めましょう。上着を脱いで、こっちへ」

 私が促すと、ルアンタは素直に上着を脱いで、少したくましくなった上半身を晒す。

 私はそんな彼の背後に回り、以前のようにぴったりと密着した。


「はふぅ……」

「な、なにか変な事がありましたか?」

 思わず漏らしたため息に、ルアンタが慌ててみせた。

「いえ……以前に比べて、随分と鍛え上げられたなと思いまして」

「そう言ってもらえると、訓練の甲斐があったみたいで嬉しいです」

 ホッとしたようなルアンタに、「怖がり過ぎですよ」と、私も苦笑する。

 まったく、そんなに私は恐い声でも出していたのだろうか。


 しかし……本当に鍛えられ、研かれた肉体になった物だ。

 以前は未成長ゆえの細さもあって、華奢な感じがあったというのに、今は少年特有のあどけなさを残しながらも、男を意識させるほどに引き締まってきている。


 ……なんだか、そんな彼に密着していたら、また緊張してきたぞ?

 いや、別に変な真似をする訳じゃないし、ルアンタが望んだ事なんだから、緊張する必要はないんだけどね?


『前世は前世、今は今だろ?』


 不意に、デューナの言葉が頭を過る。

 そして、彼女の素直な欲望の言葉も。


 い……いやいやいや!

 何を考えているのかね、エリクシア!

 私はルアンタの師匠であるのと同時に、元は男だぞ?

 そりゃ、確かに今は女だけど、根っこの所では変わらない!変わってないはず……。

 そんな風に、内心で言葉にならないモヤモヤを抱えていると、不意に部屋のドアをノックする音が響いた!

 ルアンタと共にビクッとした所に、ドアの向こうからデューナが声をかけてくる。


『おーい、エリクシア。アタシ、ちょっと飲みにいってくるから』

「そ、そうですか。酔って暴れたりしないでくださいね」

『アハハ、わかってるって。ルアンタにも、よろしく言っといてよ。じゃーねー!』

 そう言い残すと、彼女の足音は遠ざかっていった。

 ……ふぅ。

 デューナの言葉を思い出していた時に、本人登場とは、けっこう心臓に悪いな。


「あ、あの……エリクシア先生」

「ん?」

 腕の中で、ルアンタが赤くなりながら俯いている。

 あ、びっくりした拍子に、彼を思いきり抱き締めてしまっていた!

「ん、んんっ!」

 無理矢理に咳払いしてから、さも「何でもありませんよ?」といった体を装って、そっと手を離す。

 お互いに無言で、何か気まずい空気が漂ってきた為、私は強引に話を魔力経路の方へと戻した。


「あー、ルアンタの魔力経路は、しっかりと繋がっていますね。後は流せる魔力の量を増やせるように、経路を強化していく段階に入りましょう」

「きょ、強化ですか?」

「ええ。私の魔力を貴方の経路に流し込み、より高い魔力のみちになるように鍛えていきます」

「なるほど……わかりました。よろしくお願いします!」

 私に全てを委ねるルアンタベッドに寝かせ、初めて手解きした時のように彼の丹田の辺りに手を当てる。

「少し、くすぐったいですよ」

 そう声をかけてから、私はルアンタに魔力を流し始めた。


「……わかりますか?私の魔力が、注がれているのが」

「は、はい……ああっ……せ、先生のが……僕の中に、あっ……入ってくるぅ……」

 馴れない感覚に小刻みに震え、ルアンタは身をよじりながら小さく「あっ♥あっ♥」と声を漏らす。


 ……なんだか、いけない事をしているようで、こちらも変な気分になってきそうだわ。

 いかがわしい事をしている訳じゃないのに、この背徳感はなんなんだろう。

 身悶えしているルアンタを見ていると、再びデューナの言葉が頭をよぎった。


『前世は前世、今は……』


 ええい!やかましいわ!

 グルグルと、頭の中で繰り返される彼女の言葉を蹴散らしていると、不意にルアンタの体が大きく跳ねた!


「あっ、あっ♥な、なんれすか、これぇ!? すゅ、しゅごいぃ!!!!」

 唐突な彼の変化に、私も戸惑う!

 し、しまった!

 もしかして、ルアンタに大量の魔力を流し過ぎたかっ!?

 煩悩のような物を払おうとぼんやりしている間に、うっかりしていたようだ。


「ルアンタ!しっかりしてください!」

 慌てて彼から手を離そうとすると、何故かルアンタからその手をガッシリと掴まれた!


 ん?

「やぁ!止めないれくらしゃいぃ♥」


 んんっ!?

「な、なにか来そうなんれすぅ!しゅごいの、来そうなのぉ♥」


 呂律の回っていない言葉で、必死に私の手を下腹部に押し付けるルアンタ。

 その乱れ様は、まるで別人のようだ!

 くっ、おそらく彼の体に流れた私の魔力のせいで、混乱状態になってしまったのだろう!


 肌を上気させ、しっとりと汗ばんだ体んをよじりながら、ルアンタの声は熱を帯びていく。

 ポロポロと涙を流しながらも、どこか淫靡な悦びを感じているような表情で、彼はどんどん感情の大波に揺さぶられながら昂っていった!


「うっ、んんっ♥ダ、ダメれすっ♥ダメなの来ちゃいましゅうぅ♥」

 ギュッ!と私の手を掴むルアンタの手に、力がこもる!

 髪を振り乱し、未知の感覚に怯えるように、ガクガクと痙攣しながらも、私にすがり付いて彼は耐えていた!

 だけど──。


「ああぁぁぁっ、ダメっ♥もうらめぇぇっ♥僕、らめになっちゃうろぉぉぉっ♥」


 限界を迎えたルアンタの体は、絶叫と共に大きく弾けた!

 そうして、何度かビクン、ビクンと大きく跳ねていたが、やがて波が引いていくように静かな震えに変わっていく。

「ふっ……あぁ……あん……」

 ため息のような吐息を漏らして、完全に脱力したルアンタはグッタリとしたまま虚ろな目で虚空を見つめていた。

 ま、前に魔力経路を開発した時は、ここまでじゃなかったのに……。

 恥ずかしながら、今まで見たこともないような愛弟子の痴態に呆けていた私だったが、荒く息をする彼の姿にハッと我に返る。

 し、しまった!

 私が魔力を込めるのを、止めればよかったのにっ!


「だ、大丈夫ですか、ルアンタ!」

 上半身を抱き上げて顔を覗き込みながら声をかけると、ルアンタは蕩けたような表情のまま涙で霞む瞳を私の方へと向けてきた。

 どうやら意識は朦朧としているようだが、私の声はわかるようで「せん……せ……?」と反応を返してきた。

 ホッとして彼の様子をさらに詳しく伺おうと、私は顔を近づける。

 すると、何故かルアンタの方も顔を近づけてきて……


 ──ちゅっ。


 湿り気のある小さな音と共に、私とルアンタの唇が軽く触れた。


 あ、柔らかい………………じゃなくてっ!!!!

 な、な、な、何をするんだ、ルアンタっ!?

 激しく動揺した私が、ルアンタに問い詰めようとすると、彼は満足気な顔でスゥスゥと寝息を立てていた。

 こ、これは……ね、寝ぼけたんだな、たぶん!きっと!

 そうでなければ、あんな事はしない……はず。


 私は自分の唇に指を当てて、必死でさっきのは事故だと整理しようとした。

 だが、いまだに残る彼の唇の感触に、動悸が早くなるのを感じずにはいられない。

 そうすると、自然と私の目は胸元で寝息を立てるルアンタの唇へと向けられ……って、いかん!いかんよ、エリクシアっ!

 いい歳をした大人である私が、弟子を歪めちゃダメじゃないかっ!


 正気に戻った私はブンブンと頭を振り、眠るルアンタを抱っこすると、彼に宛がわれた寝室まで運ぶ!

 そうして風邪をひかないようベッドへ寝かせてから、宿の人に強めの酒を用意してもらって自室に戻った。


 「…………」

 先ほどのキス……いや、唇が触れてしまった事故のせいで、まだ胸がドキドキしている。

 こういう時は、酒を飲んででも無理矢理に寝てしまうに限るな!

 あまり酒に強くはないけれど、私は自分の中に目覚めそうになっている何かの感情・・・・・を誤魔化すように、用意してもらった酒をあおってベッドに転がった。


 眠れ!

 眠って目が覚めたら、きっといつもの気持ちに戻れるさ!

 半ば強引に自分に暗示をかけながら、酒の力も借りた私は、深い眠りに落ちていった。


 ……しかし、これが間違いの元だったのだと後に知ることになる。

 何故なら翌日の朝、私が目覚めた時には、ルアンタが宿から忽然と姿を消してしまったのだから。

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