第6話 魔力開発訓練(エロスに非ず)

        ◆◆◆


「せ、せ、せ、先生!そ、それってどういう事ですかっ!?」

「ちょ、ちょっと落ち着きなさい。これは君の魔力をコントロールするために、必要な事を教えるためです!」

 思った以上に狼狽しているルアンタに、少し慌てた私は詳しい説明をする事にした。


「いいですか、私の編み出した『エリクシア流魔闘術』とは、簡単に言えば魔力を魔法として放出せずに、体内で循環させるという物です」

「体内で……循環?」

「そう。それによって、まったく魔力を消費することなく、身体能力を強化する事ができるのです」

「そ、そんな事が可能なんですかっ!?」

 ルアンタが驚くのも無理はない。

 言ってみれば、身体強化魔法を使わなくても、無償で同等の効果が得られるという事だからね。


 ふっふっふっ、私がこんな方法を思い付いたのも、前世で得た異世界の『マンガ』のおかげだ。

 いくつかの作品の中で、『気』と呼ばれる物(たぶん魔力みたいな物だと思う)を操り、自分の能力を底上げする戦士達が描かれていた。

 まぁ、さすがにそれで空を飛んだり、魔力波のような攻撃ができたり、穏やかな心を持ちながら激しい怒りで逆立つ金髪になったりできる訳ではないが。

 それでも、数々の『マンガ』は私の凝り固まった思考に、影響を与えてくれた。

 この世界ではそんな発想すら誰も持たなかったというのに、異世界人は本当に思考が柔軟だな。


「ですから、まずは魔力を全身に行き渡らせるための、経路を自覚しなければなりません。これは言葉では伝わりにくいので、貴方の体に触れて教えたいと思うのです」

「そ、そういう事ですか……理解しました」

「では、ひとまず上半身だけで良いので、脱いでください」

「……はい」

 覚悟を決めたルアンタが、恥じらいながらも上着を脱いでいく。

 むぅ……なんか、妙に色っぽいな。

 それに、中性的な美少年を脱がせるのって、なんだか背徳感が……って、しっかりしろ、エリクシア!

 男の半裸なんて、前世で自分も含めて飽きるほど見ただろうに!


「脱ぎました……」

 上半身裸になったルアンタの声に、ハッとした私は内なる葛藤を押さえて頷き、彼に近付いた。

 本当なら、下半身の魔力経路も開発しなければいけないのだけど、出会ったその日に全裸を晒すのはいくらなんでも辛いだろうから、今日はここまで。

 師匠として、少年の心に傷を付けないように、気を配らなくては。


「では、始めましょう。まずは、両手を肩幅に広げてください」

「はい」

 私の言葉に従って、両手を広げたルアンタの背後に回り込む。

 そうして、彼を抱きかかえるように密着すると、そのままベッドに腰かけた。

「せ、先生!?」

「落ち着いて……」

 慌てたルアンタの耳元に囁きかけ、私は彼のへそのすぐ下の辺りに両手を重ねながら当てる。


「へそから少し下の位置……ここが、魔力の発生場所となる所です。仮に『丹田』とでも呼びましょうか」

「た、『たんでん』?」

「ええ。普通なら、ここで発生した魔力を詠唱という形で汲み上げ、魔法として発動させます」

「そ、そんな仕組みだったんですか……」

 ルアンタが知らないのも無理はない。なにせ、私も知らなかったのだから。


 『気』に関する異世界からの書物にあったこの知識は、我々の魔力の由来とだいたい同じような原理だった。

 前世でもこの原理を知った時には、腹の下から魔力が沸き上がるという事実の発見に興奮したものである。

 まぁ、脳筋しか回りにいなかったお陰で、理解はされなかった訳だが。

 思い出すと涙が出そうになるけど、この知識のお陰で我が『エリクシア流魔闘術』の基礎が出来たようなものだから、ありがたい事である。

 おっと、ルアンタへの説明を続けよう。


「そうやって普段使用していた魔力を、全身に巡らせ、応用するための最初の段階をこれから行います」

「は、はい……お願いします」

 私の言葉に、頷くルアンタ。うむ、素直で大変よろしい。

「少し、くすぐったいですよ」

 そう、声をかけてから、私は彼の体内に眠っている魔力経路を起こすために、スッと手を動かし始めた。


「まず、丹田で発生した魔力は下半身をめぐり、胸へと上がって来ます」

「んっ……」

 今は下半身を省略し、へその下に当てていた両手を、彼の胸元まで滑らせる。

 やはりくすぐったかったのか、ルアンタは小さく声と吐息を漏らす。だが、ここは我慢してもらおう。


「そして、胸から両腕へ」

「はぁ……んん……」

 胸元から、重ねていた両手を左右に分けて脇を経由し、二の腕、そして手のひらまで撫でていった。

 切なそうに、ビクビクとルアンタは身悶えるが、頑張って耐えてほしい。


「手のひら、指先、手の甲、そして肩」

「んんっ、んっ!」

 声をかける順に指先を絡め、手の甲を伝い、肩へと指を這わせていくと、徐々に彼の白くきめ細かい肌に赤みが差し、しっとりと汗ばんできてた。

 大分、くすぐったいのだろう。が、もう少しの辛抱だからね。


「首と頬を通って、ひたいで左右の経路は合流します……」

「うっ……ふぅっ……」

 ルアンタの顔を撫でるように額まで移動し、指一本だけを残して手を離す。

 ……それにしても、ルアンタが漏らす声には妙な艶があって、こっちが変な気分になってきそうだ。


「鼻から口を一直線に降りて、また丹田へと戻る……」

「んふぅ、ん、んんっ……」

 鼻の頭から柔らかな唇に触れ、そのままへその下へと指で経路をなぞった。

「これが、上半身の魔力経路です。よく頑張りましたね」

「は……はひ♥」

 私は、そう彼に声をかけてみたのだが……蕩けたような声で返事をしたルアンタは、トロンと潤んだ瞳で私を見つめてはいるものの、その眼の焦点は合っていない。

 うっすらと涙を浮かべ、艶のある朱色に染まった、どこか恍惚とした表情で、ぐったりと脱力した体を私に預けてきていた。


 あれ……これって、くすぐったいのを我慢したからだよね?

 なんか、少年の性の目覚めとかを、助長してしまったわけじゃないよね?


 誰に言い訳するともなく、オロオロしながらルアンタが自力で起き上がるのを待ったけど、どうやらそれも無理らしい。

 仕方なく、しばらくそのままの体勢でいたが、何となく手持ち無沙汰になって、彼の頭を撫でてあげた。

 すると、いつの間にかルアンタは私の胸の中で寝息を立て始める。


「ふふ……可愛いものですね」

 少年に性を感じさせてしまったかもしれない動揺は、いつの間にか再び沸き上がる母性本能と混じりあい、私はある決意をしながら、彼をソッとベッドへと横たえた。


         ◆


 寝息をたてるルアンタを起こさないように、静かに外に出た私はピイッ!と口笛を鳴らす。

 すると、それに呼応するように、森の中から数体の獣が姿を現した。

 彼等は、私の忠実な配下だ。

 普段は、ゴブリンやオークといった雑魚な魔物を蹴散らしたり、冒険者からの戦利品を運ぶのを手伝ってもらったりしている。

 まぁ、この状況をルアンタに見られたら、「あれ?先生ってもしかして黒狼なんじゃない?」なんて疑われるかもしれないから、彼が眠ってくれて丁度よかったわ。


 さて、私はさっそく待機している獣達に命令を下す。

 その内容は、「森の中を散策して、見慣れない人間や『勇者』と呼ばれる者がいたら、森の外へと誘導すること」である。


 私が先程した決意……それは、「しばらくルアンタを鍛える事に専念したい」というものだった。

 その間は、色物勇者達や冒険者といった、迷惑な連中に邪魔をされたくないのだ。

 これも、弟子を一人前にするために必要な事で、独占欲などでは決してない!

 ないったら、ない!


 ルアンタと会ってから、何度となく起こる内なる葛藤をまた押さえつけ、配下の獣達を行かせると、私は踵を返した。

 さぁ、可愛い弟子が寝ている間に、彼の下半身にある魔力経路を開発しておかなくては!

 これは、ルアンタを辱しめないための処置だからなぁ。

 寝ている間にやらないと、仕方ないからなぁ!

 少しだけ高鳴る鼓動を自覚しつつ、言い訳めいた事を思いながら、私は二人だけの室内に戻り……静かに入り口の扉を閉めた。


         ◆


 バタバタした昨日から一夜明け、朝日の光を受けた私はうっすらと目を開ける。

 何かベッドが狭いな……そんな事を思いながら視線を落とすと、私の胸に頭を突っ込むようして眠る少年の姿があった。


 ……あ!つい、ルアンタを抱き枕代わりにしてしまった!

 昨晩、眠るルアンタの下半身をまさぐり……いや、魔力の経路を開発した後、私もそのまま眠りについたのだ。

 まぁ、ベッドがひとつしかないから、こういう状況になるもの仕方ない。

 とりあえず、窒息とかしてないだろうかと心配になって、すぐに様子をうかがってみる。しかし、予想外にも彼は穏やかな寝息を立てていた。

 むぅ……思ったより大物なのかもしれないな、この子は。


 なんにしても、今日から本格的な修行を彼につける事になるのだ。

 穏やかに眠れるのは今だけだろうから、もう少し寝かせておいてやろう。

 幼子のように眠り続ける少年を眺めて、いつしか私も再びウトウトしはじめていた。


 しっかりとした師を演じねばならないのだけど、こんな時は前世の思いが頭に浮かび上がる。

 やはり……二度寝は……最高……だな……と。

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